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第四章 親善交流
8 告白
しおりを挟む「誤解しないでいただきたいが。俺は何も、『陸の人間ならだれでもよい』などと、不埒なことは考えておらぬからな」
「えっ……」
今まさに考えていたことを言い当てられて、ユーリは思わず顔を上げた。
玻璃が困った顔で溜め息を洩らす。
「やはり、そなたはそう考えるか……。しょうことのない。だから、これはいずれきちんと説明せねばと思っていた。……聞いてくれるか」
「は、はい……」
そこで少し、玻璃は言葉を切った。
ユーリの手は握ったまま、その上からもう片方の手を乗せる。
「ユーリ。もともと『いずれ陸の人のうちの誰かを伴侶に』と思っていたことは事実だが。前にも申した通り、それとそなたのこととは別問題だ」
「……そうなのですか」
「確かに、『そなたと出会ったことはまったくの偶然だ』とまでは言わぬ。あの日、あの近くを陸の船が通っていることは当然知っていたしな」
ユーリはハッと玻璃を見つめた。
(やっぱり、そうか)
この人は、あの嵐の日、自分の乗った船の存在を知っていたのか。
単純に陸の人の顔をちょっと拝んでみようとか、もしかしたらあわよくば、誰かと誼を結ぼうとか、そういう意図があったということなのだろう。
次第に自分の顔がみっともなく歪んでいくのがわかって、ユーリはまた俯いた。
と、こちらの手を握る玻璃の手に、ぐっと力がこもった。
「だが、そこでまさか船端から人が落ちてこようなどと、だれが想像しえようか。まして大国の王子が落ちてくるなど」
「…………」
ユーリはうつむいて、やっぱり唇を噛んでいる。
「すぐに信じてくれと申しても、難しいことは理解する。しかし、これは本当なのだ。これだけは、一点の曇りなく言える」
玻璃はユーリの手を持ち上げると、自分の口元に持っていった。
やがて前にしたように、軽くそこに口づける。
「俺は、あの時にそなたに惚れた。その後、黒鳶をはじめとする忍びたちの報告を聞いて、そなたの為人を知り、その想いはますます募った……。これは嘘でも偽りでもない」
「…………」
片手を玻璃に預けたまま、ユーリは沈黙して自分の膝のあたりを見つめるしかできなかった。だからユーリには見えなかった。黒鳶がそこではっきりと首を上下に動かして見せたのを。
嬉しくないと言えば嘘になる。このどこから見ても素敵な人が、ほかならぬ自分なんかに向かって想いを打ち明けてくださっているのだから。
だが、それに反するように、胸の痛みは増していった。
どうしようもないのだ。理性でいくら「それでいいではないか」と思っても。「自分なんかが役に立てるなら、どんな役割でもいいではないか」と分かっていても。
感情が、すべての理性を凌駕する。
(では……では)
いや、自分なんかの立場でそんなことが言えるなんて思っていない。
悲しい、とか、つらい、とか思うべきでないことは分かっている。
だが、それでも痛みは去らなかった。
──ワタシデナクテモ、ヨカッタノデハ。
決定的なその言葉が、瞼の裏で炸裂した。
だって、そうではないか。
玻璃はなによりこの国のため、陸に住む人のだれかを伴侶にと望んでいたのだ。彼の好みにさえ合えば、それは誰だって良かったはず。
ずっとずっと胸の底にあったそんな思いが、いま具体的な形を持ってあふれ出し、細かく鋭い刃となってユーリの胸を責め苛んだ。
隣に立っているロマンが、ユーリと玻璃を見比べておろおろしている。細かく足を踏みかえながら、助けを求めるかのように側の黒鳶を見上げている。だが、黒装束の男も暗い瞳をして、ただ床を見つめているばかりだった。
「ユーリ。信じて欲しい」
玻璃はユーリの手をにぎったまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺はそなたを……愛している」
まるで、小さな子供に噛んで含めるような声だった。
場はしんと、寒気を含んだ沈黙に支配された。
ユーリはのろのろと目を上げた。言葉の通り、一点の曇りもない紫水晶の瞳が、ひたとこちらを見て答えを待ってくれている。
だが、ユーリをそれを見つめ返すことができなかった。目の奥から湧きだしてしまいそうなものを、必死に見せまいとするしかできなかったからだ。
「……すみません。い、今は」
言ってそっと、本当にそっと、自分の手を握っている玻璃の手から我が手を抜いた。
「少し……ひとりに、させてくださいませ」
掠れる声でやっとそう言い、ユーリはふらふらと隣の寝室に逃げ込んだ。
なにか薄いプレートのような装置を慣れぬ手つきで操作して、なんとか鍵を掛ける。
そのままよろよろと寝台に近づき、座り込んで頭を抱えた。
喉の奥から勝手にせり上がってくる声を、口を塞いで必死に堪える。
それがどうしてで、なんで我慢できないのかはもう分かっていた。
(玻璃どの……)
あなたは、ずるい。
自分をこんな気持ちにさせておいてから、あんなことをお伝えになるなんて。
ひどい……ひどい。
……アイシテル。
ユーリのすすり泣く声は、静かな日の光の入る寝室の床に、ただ染み入るだけだった。
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