ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第四章 親善交流

7 血の濃さ

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※多少、身体障碍に関わる表現があります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そもそも人は……というか、生き物というものは、多様な遺伝情報をもっておくことで絶滅の危機を回避し、生き延びてきたという経緯がある」

 玻璃の説明は、より科学的なものになっていき、ユーリやロマンがしかと理解するにはなかなか難しい内容だった。
 だが、なんとか理解できた範囲でいえば、こういうことだ。

 生き物はその体の中に、子供に渡すための体の特質を決める情報を持っている。親はそれを半分ずつ子に渡し、子は両親の特質をあわせもって生まれてくる。だから金髪の親の子が金髪になったり、顔立ちや体つきが似ていたりするわけだ。
 つまり子供は、身体の特徴を親から譲り受けている。かなり簡単に言えばそういうことだ。
 その子もまた子供に半分ずつそれを渡して、子孫に受け継いでいく。
 それは人類が有性生殖をはじめてから、連綿と続いて来たことなのだという。

「だが、ある一定の集団の中で結婚と出産があまりに長く繰り返されると、子に備わる遺伝情報にどうしても偏りが生まれてくる。そうすると、どこかで情報の一部が壊れたときに対処するのが難しくなる。その一番の弊害が、うまれつき体質の弱い子供や、身体の機能の一部を失った状態で生まれる子が増えてくるということだ」

 玻璃の声はいつになく暗いものをまとっている。
 ユーリは胸が締め付けられるような思いでそれを聞いた。
 体が弱い子は、そのほとんどが長く生きられない。医療技術の発達したこの海底皇国にあってさえ、子らはそんなに生き延びることができなくなってきているのだという。
 中には玻璃や瑠璃のように丈夫に生まれる者もいる。これまでは大半がそうした子供だったので、どうにかこうにかやってきた。それがここへ来て、急に早死にする者が増えてきた、というのである。

「若い母親、父親の悲嘆の声は国じゅうから聞こえてくる。我が国の医療関係者、科学者たちは必死でその打開策を模索している。……だが、今のところもっとも有力な方策はこれだ」

 言って玻璃は、ユーリが膝の上に置いていた拳を上から握った。
 ユーリは驚いてぴくっと震えた。

「海底皇国の外から、自分の伴侶を選ぶこと。……おわかりか」
「…………」
 呆気にとられ、ユーリはまじまじと玻璃を見た。
「だがそれを、まず下々の者たちに強要する……というのでは道理が通らぬ。失礼を承知で申し上げるが、なにしろ皆、そちらの方々のことを恐れている。こちらの一般の民たちはそなたらを、かつては持っていた高い科学技術や文化の蓄積を失い、古代人に逆戻りした人々だと思っているからな」
 なるほど、そういうことがあるのか。
「価値観のことでもそうだ。結婚などしたら一体何をされるのかと、とりわけ女性にょしょうは戦々恐々としている」
「え……」
「そちらは、こちらに比べればまだまだ女性の地位が低い。教育についても、就ける職業の幅についても、政治への参画についてもな」
「政治への参画ですって? こちらでは女性が、政治に口出しをするのですか」
「当たり前だ。女性も生きた人間である。どちらが上でどちらが下ということはない。しかも、大切な臣民の半分は女性だろう。彼女らの意見を無視して、あるいは見下して行われるまつりごとは、片手落ちというにも余りあるぞ。もはや失政と言ってもよかろう」
「なんと……。では、こちらの女性はどのような仕事をしていると?」

 思わず訊ねてしまった。
 確かに、ユーリの国で女性が政治に関わるなどということは皆無に近い。職業、つまり仕事についても、農奴の女たちが農作業をするだとか、商家の女が商売を手伝うとか、内職をして衣服を縫うだとかいったことが中心だ。貴族の奥方はやしきにこもって、家のきりもりをすることが主な仕事である。
 だというのに、ここにはそうした職業上の男女差がほとんどないらしい。
 体力的な差はあるけれども、基本的に性別を問わず、みな同じように教育を受け、能力のある者はどんどん要職にも登用されていく。

 男女の大きな差というと、一般的には体格と筋力だろう。女性はもともと体内に子を宿す性であるため、一定期間は安静にせねばならない時期がある。この点も大きく違っている。
 だがそれは、人工知能の発達したこちらの国ではほとんど大きな問題にならない。力仕事は「ろぼっと」と呼ばれる機械がかなり肩代わりをしているし、出産ですら代替機能をもつ装置が開発されているのだという。だからこそ、男性同士、女性同士の婚姻と出産も許されているというわけだ。
 女性は望めばみずから子を宿し、生むこともできる一方で、そうした装置を利用して子供を生み、自らは精力的に外での仕事をするという選択もできるのだという。

「そうでなければ、国の損失になるだろう。臣民の半分を占める者に教育を施さず、能力を発揮させずに放っておくとは、一体どんなまつりごとだ」

 玻璃によれば、これは体に障害のある人々も同様らしい。この国では、目や耳、手足など、かなりの部分を《えーあい》と呼ばれる機械が補助することで、多くは人として普通の生活を営めているし、能力に応じて仕事もしているというのだ。
 玻璃はそこで、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「さきほどお会いになった波茜なみあかねも、同じ世代の中では優秀な学問所を首席で出た、相当な才女だ。あの見た目に騙されてはなりませんぞ」
「そ、そうなのですか!」
「左様。まだ若いゆえ、地位はさほどでもないが。頭の回転と目端の利きようでいえば、わが国随一といって過言ではないかもしれぬ。幅広い知識も豊富だ。こう申してはなんだが、あの者がいなくては、王宮内の多くの部署の仕事が滞る可能性すらあるのだぞ」
「へええ……!」

 あれほど妖艶に見える女性が、実はすごい能力の持ち主と知って、ユーリは驚きを隠せない。自国でなら、ああした美しい女性が貴人のそばに侍る場合、大抵は性的な役割を期待されて置かれているに過ぎないからだ。
 ユーリは思わず羞恥を覚えた。
 自分の国は、遅れている。それも、相当遅れている。様々な意味で、この滄海わだつみからはるかに遅れた後進国なのだ……。
 そんなユーリに微笑みかけつつ、玻璃は「む、話がそれたな」と顎を掻いた。

「ともかく。だから俺は、陸の人々の中からおのが伴侶を選ぼうと考えて来た。このところ、ずっとな」
「玻璃どの……」

(しかし……それでは)

 ふと暗い予感に包まれて、ユーリは顔を曇らせた。
 結局、でさえあれば、彼はだれでも良かったのではないのだろうか?
 あの時、たまたま海に落ちた自分を助けた。
 陸の人間との接触など、なかなかできるものではないだろう。黒鳶のように姿を隠して様子を窺うことはあっても、直接交流することはなかなかなかったはずなのだから。
 と、握った拳をさらに上からぎゅっと握りしめられた。

「ユーリ殿。ユーリ殿! 聞いておられるか」
「え? あ、う……」
「誤解しないでいただきたいが。俺は何も、『おかの人間ならだれでもよい』などと、不埒ふらちなことは考えておらぬからな」
「えっ……」

 今まさに考えていたことを言い当てられて、ユーリは思わず顔を上げた。
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