ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第四章 親善交流

4 謁見

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 ロマンがあれこれと手を尽くして淹れてくれた紅茶と茶菓子で少し休憩を入れてから、一同はまたやってきた玻璃と波茜に付き添われて、謁見の間へと連れていかれた。

「謁見の間には二種類ある。おわかりかと思うが、客人まろうどが水中で呼吸できる場合とできない場合があるからな。今回お連れするのは、もちろん後者だ」

 あの移動用の乗り物の中で、道々、玻璃が説明してくれる。なお、彼らはこれを「えあ・かー」と呼称している。そのまま訳せば「空中車両ヴォーズドゥフ・マシナ」。要するに、空中を飛べる車ということらしい。
 時々聞こえる女性の声は人間のものではなく、車に仕込まれた「えーあい」とか呼ばれる人工知能のものだという。まあその「人工知能」というものが、ユーリにはいまひとつ理解できなかったけれども。
 聞いたところで「はあ、そうなのですか」と阿呆のように口をあけて、ぽかんとする以外の反応ができないのだ。

 空気中でしか呼吸のできない者がどうやって帝に拝謁するのかが不思議だったが、玻璃が「まあ心配なさるな」とにこにこ笑っているだけなので、ユーリも特に不安は覚えなかった。
 が、ユーリについてきた他の使節の面々は、ロマンも含めてそういうわけにはいかなかった。全員、かなり不安げな様子である。それでユーリ自身が「まあ、玻璃殿のお顔に免じてここは信じて差し上げようではないか」と彼らをなだめなくてはならなかった。

 そうこうするうち、車は流れるように帝の御座所へと近づいていく。伏せたボウルの天井部分に当たる場所にほど近くなると、不意にそこが円形に口を開いた。中になみなみと海水が満たされているのが見える。
 車はそのまま、水の中へ突入した。入るとすぐに、後ろで元通り透明の蓋が閉じていくのが見えた。

「ほら、あそこだ」

 玻璃が指さす方を見ると、大きな鳥が羽を広げたような姿に見えるやしきの端のほうに、車が二台ほど並んで入れそうなパイプが見えた。その先は、邸の内部へとつながっているようだ。パイプの中はうすぼんやりと温かなオレンジ色に光る壁で構成されていた。
 すいすいとそこを進み、やがて車は少し上昇して水から飛び出た。
 そこは、少し広くなった平たい場所だった。周囲には空気が満ちている。車はそこでぴたりと止まった。
 その後しばらく、周囲の壁から車体を乾かすためらしい風が吹きつけられているようだったが、そのうち玻璃が立ち上がって「さあ、どうぞ」とユーリの手を取り、歩き出した。

 車から降りると、床も車もすでにきれいに乾かされて、水滴のひとつも落ちてはいなかった。
 見回せば、なるほど大きな広間である。アルネリオ宮とは全く違う、金色や虹色の細工をほどこした異国風の調度が目を引いた。きらきらと目をひくあの虹色の飾りは、薄くした貝殻を貼り付けて作るらしい。「螺鈿らでん」という細工なのだと、玻璃がにこやかに教えてくれた。
 全体に半円形をした広間のようだったが、平たくなった壁側には大きな垂れ幕のようなものが下ろしてある。それもまた異国情緒にあふれた金糸銀糸の美しい意匠で飾られていた。玻璃によれば、「梅にうぐいす」なのだという。
 部屋のあちこちに、武官や文官らしい人々が等間隔に離れて立っている。みな、玻璃が着ているような装束の、もっと簡素なデザインのものを身に着けていた。

 垂れ幕の手前に腰かけが並べられており、玻璃に勧められるまま、ユーリたちはそこに落ち着いた。玻璃自身はユーリのすぐ隣に座る。
 少し待っているうちに、部屋の隅にいた高級文官らしい男が大きな先触さきぶれの声をあげた。

「陛下のおなりにございまする。皆々様、どうぞお控えくださりませ」

 全員が、はっと威儀を正す。
 周囲にいた滄海側の臣下たちはみな床に膝をついて平伏した。
 ユーリたちも立ち上がり、床に片膝をついて頭を垂れるアルネリオ式の礼をもって帝を迎えた。
 ユーリは思わず、ぐっと喉の奥が締めつけられるような緊張を覚えていた。

 滄海わだつみ今上帝きんじょうてい群青ぐんじょう。玻璃の父たる御方。
 いったい、どんな御仁なのだろう──。

 そこから少し間があって、するすると垂れ幕が引き上がった。これは「緞帳どんちょう」というらしい。
 その内側にもう一枚、あちら側が透けそうで透けない不思議なつくりになった薄手の仕切りがおりていた。よく見ると、なにかの細い植物を並べて布状にしたもののようだ。こちらは「御簾みす」というらしい。
 玻璃の言うところによると、そもそも帝は本来なら、ほとんど客人にご尊顔を拝させぬものなのだという。
 今回はほかならぬおかの帝国、アルネリオの王子の初めての訪問ということで、特別に御簾が巻き上げられるのだという話だった。

(うわ……!)

 少し顔を上げて、ユーリは大きく目をみはった。
 御簾の向こう側は、やはり巨大で透明な仕切りがなされていた。その向こうは水に満たされているらしい。
 ソファとはまったく見た目の違う、硬質だが豪華な腰かけに、白々と長い髪と髭の人物がゆったりと座ってこちらを見ていた。

 髪が白いばかりではない。老人は──この方は、相当なご高齢に見えた──身に着けているものもすべて、白いものばかりだった。丁寧に織り地を凝らした絹地らしい装束である。水の中でふわふわと袖や裾がたゆたい、老人は実際の姿よりも随分と大きく見えた。
 その着物の裾あたりからぬうっと見えているのは、翡翠を思わせる淡い紫色をした、あの魚の尾であった。
 ユーリは不敬になるかもしれぬことすら忘れ、固唾を飲んで彼を見つめた。

(これが……これが)

 これが、群青。
 海底皇国の宗主にして玻璃皇子の父、帝、群青の登場だった。
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