ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第三章 海底皇国へ

4 会議の間

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 ユーリはまず、ことの次第を父に報告した。案の定、エラストは最初、相当渋い顔をした。だが最後には「まずその程度からということならば」と、やっと承諾してくれた。
 次に父は、皇太子である長兄セルゲイと次兄イラリオン、さらに腹心の武官である将軍たちと、宰相など文官数名だけを呼び出した。
 アルネリオ宮、会議の間である。
 父はそこで、皆に詳しく事情を説明してくれた。

「なっ……なんですと?」

 兄たちの驚きは、当然ながらひと通りのものではなかった。
 セルゲイ兄は麗しい眉を跳ね上げ、「なんと! 我らに何の相談もなく、左様なお話が進行していようとは」と鼻白んだ。
「しかもいきなり、あちらから『親善使節を立てよ』『大使はユーリにさせよ』と指定してくるなど! 無礼千万ではありませぬか。こちらが唯々諾々と従う必要がどこにありましょうや」

 次兄イラリオンも不快を隠そうともせず、分厚い胸板でユーリを庇うようにしながら叫んだ。
「あちらが第二皇子を寄越すと申しておるのならば、行くのは第二王子たる、私こそがふさわしいと申すものでございましょう。ユーリは先日、海難事故に遭うたばかり。体調も万全とは申せませぬ。これを一人で参らせるなど、言語道断にございます!」
「いや、お待ちください、兄上様がた」
 激昂する兄二人を、ユーリは慌てふためきながら必死で説得せねばならなかった。
「なにぶんこれは、私自身が希望していることにございますゆえ……」
「なにっ? まことか」
「それは本心なのか? ユーリ」

 兄たちが驚いた目でユーリを見下ろす。
 怪訝なその目を見ているうちに、ユーリの体は次第にじわじわと熱くなり始めた。頬や耳たぶが火照ほてって堪らない。きっと今、自分はさくらんぼヴィーシニアよろしく赤面してしまっているに違いなかった。

「む。大丈夫か? ユーリ」
「なにやら、顔色が──」
「はっ、はい! 大丈夫にございます。な、なにぶん、玻璃殿下は私の命の恩人にございますし。先日はばたばたとお別れしてしまったので、今回はあらためてお会いして、厚く謝意を表したいと考えておりまして──」

 実際、真の目的は少しずれたところにあったわけだが、こうして一生懸命説得したことで、兄二人もどうにか舌鋒をおさめてくれた。
 それでこの件だけはひとまず落ち着いたが、話はもちろんそれだけでは終わらなかった。兄たちも臣下たちも、まずはその「謎の海底皇国」の存在にこそ瞠目したからである。

「まさか、左様な伝説上の国がまことに存在しておったとは」
「いやはや、これはまず、驚くなどというものではござりませぬな」
「しかし、本当にその……『ハリ』とか申す皇子は信用が置けるのですか」
「左様、左様」
「いやまあ、ユーリ殿下のお命をお救いくださったことについては大いに感謝せねばなりませぬが」
「しかしそもそも、元々なにか含むところあって殿下をお救いした……とも取れますぞ? 安心するは早計かと」
しかり、然り」
「いや、どうであろう。その時、ちょうど殿下が海へ落ちられることまでをも予測できたとは思えぬぞ」
「ともあれ、一定の評価はできましょう。あちらからも親善大使として皇子のひとりを出す、と申してきているのですし」
「うむ、うむ」
「しかしそもそも、こちらの使節の人選はいかがしたものでしょうな……」

 場にいるのは父や兄たちを含めても十数名にすぎなかったが、それでも議論は紛糾し、喧々囂々けんけんごうごう、一進一退。なかなか結論に至らなかった。
 とうとう皆が疲労を覚えて沈黙したところで、ユーリはようやく口を挟んだ。

「あのう……。実は、ですね」
 言って軍装の袖を持ち上げ、左腕にはめた腕輪を控えめに皆に示す。
「こちらの装置で、玻璃殿下と直接お話しをすることができるのです。父上のお許しが頂けますれば、すぐにもお話ししていただこうと。玻璃殿下があちらでお待ちなのですが」
「な、なにっ……!?」

 それを聞いて、一同は途端に動揺し、緊張した。
 中にはがたんと椅子の音をたて、腰を浮かしかかった者もいる。

「ど、どういうことだ、ユーリ!」
 父もやや青ざめて、恐るべきものを目にした人の顔でユーリの手首を凝視している。
「あ、いや。どうか皆さま、落ち着いてくださいませ」
 ユーリは必死であれこれ説明をした。これは決して危険な代物ではないということ。相当距離の離れた場所にいる相手とでも、話をすることを可能にする装置であるということなどだ。
 それを聞いているうちに、次第に一同の表情も落ち着いたものになってきた。
「で、いかがでしょう。今ここで、玻璃殿下とお話ししてもよろしゅうございましょうか」
「う、……うむ」
 父は兄たちや重臣たちの顔色をひとわたり眺めてから頷いた。
「ありがとうございます。皆さまも、どうぞご自由にあちらの殿下とお言葉を交わしてくださいませ。疑問に思われること、不安な点なども、どうかご遠慮なくお訊ねくださいとの殿下からのご伝言を預かっておりますので」
「うむ……。わかった」

 エラストが重々しく頷き、また皆を見回す。さまざまな表情を浮かべつつも、兄たちをはじめとする皆がそれぞれ頷いたようだった。

「ありがとうございます。……では、始めます」

 皆の表情を確認してから、ユーリは改めて腕輪のスイッチ──と、あちらの言葉では言うらしい──を押した。
 すると、前回と同様、すぐにあの穏やかな低い玻璃の声がした。

《お集まりのご一同には、はじめてご挨拶を申し上げる。海底皇国『滄海わだつみ』の帝が一子、玻璃と申す。以後、お知りおきを願いたい》

 雄々しくも堂々たる男の声が、朗々と会議の間に流れ出た。

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