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第三章 海底皇国へ
3 通信
しおりを挟む「玻璃どの……。玻璃どの」
その日の夜。やっと自室で落ち着いてから、ユーリはロマンと黒鳶以外の者を下がらせて腕輪に話しかけていた。
玻璃に言われた通り、青い宝玉のような突起を押して話しかけてみる。
ほんの少しの間を置いて、聞き覚えのある低い声が聞こえて来た。
《ユーリ殿下か。いかがした》
「玻璃どのっ……!」
思わず叫んだら、玻璃は苦笑したらしかった。
《そう大きな声を出されずとも大丈夫だぞ。よく聞こえているからな。いかがなさった?》
低音の落ち着いた声を聞くだけで、ユーリの波立った心がしずまっていく。
やっとほっとした気になって、ユーリは父との顛末を玻璃に語った。
《なるほど、そうだったか。まあ予想の範囲内だがな》
「そ、そうなのですか?」
《それはそうだ。父、群青も同様のことは申していた。科学力の差はそのまま、そちらの王家の疑心暗鬼を呼ぶであろうと》
「いや、だったら──」
少しがっくりきて、ユーリはため息を吐き出した。
そう思うなら、先にそうと言っておいてくれればいいものを。ユーリの気分を察したように、腕輪の向こうで玻璃の低い笑声がした。
《まあ、物事には順序というものがあるからな。申し訳なかった、ユーリ殿》
軽くそう謝罪して、玻璃は「で、だな」と話を続ける。
《早速だが、次なる提案をさせて頂こう》
「提案、ですか……?」
なんだか嫌な予感がする。
いや、嫌な予感しかしない。
それでもユーリはごくりと唾を飲み込んで耳を澄ました。
《ユーリ殿。そなた、わが国への親善大使になってくれぬか》
「……はあ!?」
思った以上に突拍子もない声が出て、そばにいたロマンが「ひゃっ!」と飛び上がった。黒鳶はといえば、最前からずっと影のように片膝をついたままの姿だ。
「し、しし……親善大使って、玻璃殿! なんで私がそのような──」
《ん? 良い案だと思うのだがな。そなたがこちらの国へ来る。人選は任せるが、まあ大体十五名ほどで考えてみて貰いたい》
「いや、あのですね──」
《こちらも同様に準備する。こちらから出すのは我が弟皇子、瑠璃だ。こちらは第二皇子ということになるが、まずまず対等と言えるだろう?》
「え、えええ……?」
そうか。この人には弟君がいらっしゃるのか。
(って、いやそうではなく……!)
変なところでうっかり納得しそうになって、ユーリは自分自身を叱咤した。
しかし、なにやらもう玻璃の頭の中では勝手に今後の計画がどんどん構築されていっているらしい。そのあとは、もはや立て板に水だった。
《まずは互いに、互いを知ることが大前提。信頼関係の根幹とは、そうして育まれるものだからな。それはそちらの皇帝陛下のおっしゃる通りだと思う。ゆえに、親善大使の交換をしようというのだ。いかがかな?》
「いや、お待ちください。そのようなこと、いきなりこんな形で言われましても」
《実はすでに、あれこれと準備も進めている。なに、そちらは人さえ準備していただけばよい。途中の交通、衣食住そのほか諸々、すべてこちらで準備させていただくゆえな。こちらの大使のことも心配はご無用だ。自分のことは自分ですべて致すゆえ》
「は、玻璃どの──」
《その実、俺がすぐにもそなたに会いたいというだけだったりもするが。まあ、そこはいいではないか。ん?》
「『ん?』ではございませぬ、『ん?』ではっ!」
ユーリはとうとう、真っ赤になって手首に叫んだ。
玻璃がほんの少し沈黙する。
《……なんだ? もしや機嫌を損ねられたか。ユーリ殿》
「い、いや……そういうお話では」
《いや、これは前々から申しておこうとは思っていたが。いい機会だから今言おう》
「え?」
そこで玻璃はちょっとだけ間を置いた。
《そちらの国との交流や親睦が云々という話と、俺がそなたを求めていることとは、そもそも次元の異なる話だ。国と国とがこれから親交を深めていくことは無論肝要。だが、俺がそなたを欲しいというのとは別に考えてもらって構わぬ。というか、別に考えてもらわねば困る》
「……と、おっしゃいますと?」
ユーリは変な顔になった。言われていることがよくわからない。
《そなたの故国と我が国とが敵対しているようでは、嫁いできたそなたとてつらかろう。ゆえに仲良くしておきたい……という話とは、ちょっと違うということだ。実を申さば、こちらの国にはこちらの国の都合というものがあってな》
「はあ」
《なにしろ込み入った話でな。できればそなたと顔を合わせて、じっくり聞かせたいと思っていた。それもあっての、此度の親善大使の提案なのよ》
「はあ……」
どうにもこうにも要領を得ない。
話を聞くうち、ユーリの胸の奥で少しずつ疼くものが生まれてきていた。
玻璃の言うとおりだ。こうして腕輪なんかを介して話をするなんて、ただひたすらにもどかしい。
きちんとあのきれいな紫水晶の瞳を見て、明るく笑う顔を見て話がしたい。その気持ちは、多分ユーリも玻璃と同じであろうと思われた。
「……わかりました。玻璃殿」
「えっ? ユ、ユーリ殿下……!」
ロマンがぱっと顔を上げて叫んだが、ユーリは片手でそれをとどめた。
「私が、そちらに参りましょう。親善大使として」
《おお。ユーリ殿》
玻璃の声ははっきりとにこやかな色を帯びた。声だけでも嬉しそうなのが十分に伝わってくる。不思議なことに、それを聞いたユーリの胸も熱い高鳴りを覚えた。
「父にその旨、話をします。どうかそちらも、そのおつもりでご準備ください」
《了解した。詳しい手順などはまた、追ってこちらから連絡する》
「はい。よろしくお願いします」
《こちらこそだ。それでは、また近々会える日を楽しみにしているぞ、ユーリ殿》
「はい。私もです、玻璃殿」
通信が終わり、思わずふうっと息を吐きだしたら、早速ロマンが噛みついて来た。
「なっ……なな、なにをおっしゃっているのです! ユーリ様!」
顔じゅう真っ赤になって、すっかり憤慨の体である。彼らしくもなく、ついユーリの名を「殿下」ではなく「様」呼びしてしまっているのが、その狼狽の程度を露呈していた。
「きっ、危険ではありませんか! お一人で……って、まあ十五名はお付きの者がいるにしてもです!」
「あ、うん。すまない、ロマン」
何でもかんでも勝手に決めて、またこの少年には色々と迷惑を掛けてしまうことになるだろう。
「私は、絶対ついて行きますからねっ! 絶対ぜったい、わたくしをお連れくださいまし。おわかりですねっ!?」
「えっ……。いいのか? ロマン」
「当たり前ですっ!」
こんな心配な王子様を、お一人でそんな場所へ送り出せるわけがない。第一、身の回りのお世話は誰がするのか。大好きな午後のお茶の時間のお世話は、自分以外の誰にも任せられるわけがない──。
怒涛のように紡がれるロマンの言葉を、ユーリはほとんど目が点の状態で拝聴するほかはなかった。
黒鳶はさっきから、ロマンの隣で黙って控えている。ごく静かにしているように見えて、実は口元を覆った黒布の奥で軽く吹き出したようだったのは、きっとユーリの聞き間違いではなかっただろう。
ともかくも。
こうして、ユーリたちの次への準備が始まった。
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