ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第三章 海底皇国へ

2 激昂の理由

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「お待ちください、父上。どうか、お願いですからお静まりを」

 ユーリが立ち上がり、父と黒鳶との間に割って入る。
 黒鳶自身はほぼ無表情であり、特に動じている風もなかった。その場に片膝をついたまま、まったく動いていない。

「ユーリ。そなた、腹は立たぬのか? 私は相手の皇太子がどんな御仁かは知らぬ。だが、一国の王子をつかまえて『嫁に欲しい』などとは無礼千万。そなたも少しは不快に思わぬか!」
「あ、はい。私も最初はそう思ったのですが」
「思ったが何なのだ」
「いや、そのう……」

 あれこれと接触するうちに、ユーリはとっくにあの玻璃を憎からず思うようになってしまっている。またそうでなければ、こんなにも簡単に彼を王宮へ入れ、その腹心を信用することもなかったはずだ。
 だが今のユーリには、それを父にうまく説明するすべがない。単なる心象で人を説得できるはずがなかった。困り果てて視線をさまよわせていたら、父はより不快の度合いを増してしまったようだった。

「それ見たことか。さてはそなたも、なにがしかの奴らの妖術に掛かっておるのではないか? であれば納得するぞ。男から嫁に欲しいなどと言われて、『はいそうですか』という息子など、私は持った覚えがないのだからな!」
「いやあの、父上……」
「そもそもだ」
 言って父は、さらに厳しい視線で黒鳶をめつけた。
「左様に面妖な技術を持つ者たちを、おいそれと信用などできようはずがない。なんとなれば、彼らはわが国とこの王宮内に、さぞや多くの間諜を潜ませてきたのであろう。それも、相当な年月にわたってな」
 黒鳶は無言で床を見つめているだけだ。
「恐るべきことだ。そして許し難きことだ。そなたはそうは思わぬのか、ユーリ」
「…………」
「わからぬか? 彼奴きゃつらは四六時中、闇に身を潜めて我らの動向を窺うことができるのだぞ。我らが眠っている間も、その寝顔をしげしげと覗き込んでおったのだろう。彼奴らにはなんでもできる。こっそりとわれらの寝所に忍び込むことは勿論、ひそかに食事にいかがわしい混ぜ物をするのも朝飯前であることだろうよ!」

 ユーリはびっくりして沈黙した。
 確かに、言われてみればその通りだ。しかし。
 ちらりと見れば、黒服の男はやっぱり床を見つめたまま、ぎらりとその眼光だけを鋭くしたようだった。

「く、クロトビ……」
 言いかけたユーリの言葉を、低い声が遮った。
「その言は、どうかお取り消しを。我が主人あるじへのみならず、わが国そのものへの侮辱に過ぎまする」
「なんとでも申せ」
 父は鼻を鳴らして、黒鳶に向かってぐいと顎を上げた。
「互いの技術に差がある以上、この疑義を晴らすことは不可能であろう? こちらはそちらの誠意をどのようにして確認すればいいというのだ? 大事な息子のこれからの人生がきちんと幸福を保証されたものになると、どうして信ずることができる。その前提がないうえで、なんの交渉が成立しようか!」

 言い放った父を見て、ユーリは困惑しながらも、期せずして鼻の奥がつんとするのを覚えた。じんわりと胸の奥に温かなものがあふれ出すのがわかる。
 父は、自分を「大切な息子」と言ってくれた。これは、この国の行く末のこともさることながら、息子であるユーリの将来のことをも心から心配しての激昂なのだ。そうと分かって、ユーリは大いに心の琴線を揺らさざるをえなかった。

(父上……)

 兄上たちのような美貌も、才もない。こんな息子でも、父はちゃんと愛してくれていた。その事実が分かっただけでも、ユーリは十分満足だった。
 ユーリはひとつ深く息を吸い、ゆっくりと吐き出してから言った。

「わかりました、父上」
「ユーリ殿下」
 片膝を上げかけた黒鳶を片手で制す。
「此度の件は、一旦持ち帰らせてくださいませ。今後のことは、玻璃殿下と私とで少し話し合いをし、また改めてお話しさせていただきとう存じます」
「話し合い? 奴と話ができると申すのか。故国に帰ったという話だったが」
「はい。大丈夫です」

 言ってユーリはそっと自分の左手首に目を落とした。父はちょっと変な顔をしたようだったが、息子の腕にはまった見慣れぬものを胡散臭げな目で見ただけで何も言わなかった。

「でも、父上。お願いがあります」
「ん? なんだ」
「兄上がたや親族の皆さま、そして臣下の者らには、しばらくの間この件についてはお話しなさらないでいただけませんか。 無用の混乱を招くことにもなりかねませんので」
「無論だ。むしろ、なんで公表などできようか。我らの知らぬ間にこの王宮のみならず国全体にも、未知の国から来た多くの間諜シビオーンが潜んでいたなどと。大騒動に発展するわ。下手をすれば、国の根幹をもゆるがしかねぬ」

 吐き捨てるように言う父の前で、黒鳶はただ沈黙して頭を下げただけだった。ユーリもそれに倣うように、父に静かにこうべを垂れた。

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