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第三章 海底皇国へ
1 父の激怒
しおりを挟む「海底皇国の帝からの親書だと? ユーリ、これはいったい……」
当然ながら、その話を聞いた父エラストは完全に「青天の霹靂」といった様子だった。
ここは父の執務室である。ロマンと黒鳶以外の者はすでに人払いがしてあった。とはいえ黒鳶は、例によって不思議な装置によって完全に姿を隠した状態でそばにいる。
「いやそもそも、その『海底皇国』と申すものはなんだ? かつて伝説にあった、大災厄のときに海へ逃れた人々の末裔……とでも申すのか」
「はい。そういうことのようにございます」
ユーリはなるべく落ち着いた声を出すようにと気をつけながら、執務机の向こうの父に一礼をした。
そこで片手間に聞くような話でないことを察してくれたのか、父は即座に皆を隣の応接用の間へと招き入れた。そこでも召し使いたちをすぐに人払いしてくれる。
豪奢な織り地を張った応接セットのソファに座り、ユーリにも着席を勧めると、改めて父は訊ねてきた。
「最初から、わかるように説明してくれぬか。ユーリ」
「はい。もちろんでございます」
それで改めて、ユーリはここまでの経緯を父に説明した。
帆船から落下して、あの玻璃に救われたこと。彼が海底皇国の皇太子たる人であり、自分を「妻」としてもらい受けたいと願っていること。かの国にはこちらよりも相当進んだ科学力が存在し、同性同士の結婚が認められているということ。
さらに望めば、正真正銘ふたりの子である赤子まで儲けることが可能であるということ。
父は黙って聞いてくれた。
というよりも、口の挟みようもなかったのかも知れない。なにしろ一から十まで、父には寝耳に水もいいところの話ばかりだったのだから。
「いやそも、その『海底皇国』とやらは一体なにか。規模は。由来は? 彼らはいったい何者か。まずはその親書とやらを見せてもらわねば」
「左様にございますね」
父がやっと絞り出したその質問は、ユーリ自身がずっと心に持っていたものだった。
そこで遂に、ユーリはそっと父に近づき、声を落として言った。
「……どうか、驚かないでくださいませ、父上」
「うん……?」
「今からここに、とある者が現れます。それは断じて、父上に害を為す者ではございません。その海底皇国の皇太子殿下の腹心であり、今回の顛末に関係する親書を持つ者にございます」
「な、なんと──」
「その者を呼んでも構いませぬか? 決して父上に害をなすようなことはございません。それはわたくしが保証いたしますので」
「ん……むむ」
父は突拍子もないことを言い出した息子を見、その背後に立つロマンを見て、少し考えたようだった。が、やがて頷いた。
「……わかった。頼む」
「ありがとうございます。……クロトビ、良いぞ」
「は」
言って黒鳶が、例によってぬらりと空気の中から溶け出るように姿を現した。
さすがの父も息を呑む。もともと大きな目をひん剥いて、まじまじと黒い男を凝視している。
黒鳶本人はごくしれっとしたもので、すっとその場に片膝をつき、低く父に向かって頭を垂れた。
「海底皇国が皇太子、玻璃殿下の腹心にして、此度の使者を仰せつかっております黒鳶と申します。帝国アルネリオの皇帝、エラスト陛下におかれましては、まことにご機嫌うるわしゅう。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。以後、どうぞお見知りおきを」
「う、……うむ」
どうにか体裁を保ったという風で、父がひとつ頷いた。
「では殿下。こちらを」
懐からすっと親書らしき封書を取り出すと、黒鳶がユーリに差し出してくる。それを仲介する形で、ユーリは父に手渡した。
「どうぞ、中をお検めください、父上。内容につきましては、私もすでに玻璃皇太子殿下とこちらのクロトビから聞いておりますので」
「む。そうか」
ロマンがさっと動いて、執務机から手紙用の小型ナイフを取り、跪いて父へと差し上げる。父は無造作にそれを受け取ると、すぐに親書の封を切った。
父の顔にありありと驚きが溢れ出してくるのを、ユーリはじっと固唾を飲んで見つめていた。
親書は実は、あの玻璃ではなくその父、海底皇国の帝からのものだった。
概要は、大体こんな風である。
まずは父への長々しい挨拶から始まって、長年にわたる両国の無交流について遺憾の意を表する。
さらに、海底皇国のなんたるか。
思った通り、そこはかつて何百年もの昔、水没して減少していく陸地で生きることを放棄して海に潜った人々がつくり上げた大国であるという。
当時、人類が持っていた科学の粋を集めて海底に街をつくり、邑をつくり、今やこの惑星の九割を占めるに至った海のあらゆる場所を支配するに至った国。それがあの玻璃皇子の故郷、海底皇国だ。
今上帝は玻璃皇子の父、群青。いずれはその地位をあの玻璃が継ぐことが決まっている。
実は、長年地上の人々との交流を避けて来た海底皇国がここへ来て地上との交流を回復しようとしたのには、重大な理由があるらしい。だが今回の親書ではそのことには触れられていなかった。
単純に「まずは互いを知り合い、交流を深め、少しずつ国交を正常にしていきたい」との希望が述べられているばかりである。
その手始めと言ってはなんだけれども、今回のあれこれで玻璃皇子がいたく気に入ったという帝国アルネリオの第三王子、ユーリ殿下を彼の番の相手として貰い受けたい。
──と、大体そんなようなことだった。
親書はもちろん、こちらの言語でつづられている。
「いや、待て。一体この群青とやら申す帝は、何を申されておるのやら」
父は完全に頭を抱えた状態になった。
無理もない。いくら事前に説明されたとは言っても、やっぱり父の頭の中では「妻になるのは女性が当然」という大前提が存在するはずだからである。
見る間に父のこめかみに青筋がたちはじめたのを見て、ユーリは焦った。
父の指が小刻みに震え、耳や首が赤く染まりだしている。激怒しているのは明らかだった。
「ユーリ。そなた、腹は立たぬのか? これは我がアルネリオに対する大いなる侮辱、冒涜ではあるまいか。なにゆえあちらの国では、我が国の王子をあちらの王子の『妻に』などという、ふざけた言上が罷りとおるのだ?」
「いえ、父上。違うのです」
ユーリは慌てて、押しとどめるように両手を上げた。
父が殺意すら籠った目でまっすぐに黒鳶を睨みつけ、腰の軍刀に手を掛けて、今にも斬りかかりそうになっていたからだ。
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