ルサルカ・プリンツ 外伝《瑠璃の玉響》

るなかふぇ

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終章 柔らかな未来へ

5 蜜夜 ※

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「あいて……つっ。まだ……? も、いやっ……」

 指をようやく二本から三本に増やしたころには、殿下はもう息が上がって体を痙攣させるしかできなくなっておられた。頬も胸も紅色に染まり、そこに紺色の美しい髪がうねり乱れて広がっている。藍色の瞳はとろりと熱く濡れ、ずっと藍鉄を見つめている。
 ……とても淫靡だ。そして美しい。
 下腹に集まった欲望は、もはや凶悪な意思を持って藍鉄の先端をさいなんでいる。男はそれを、ずっと奥歯を噛みしめて耐え続けていた。

 殿下のお体に埋めた指先を、とある場所でくん、と曲げる。
 と、途端に殿下の腰がびくっと反応される。
 ここだ。この場所を思い切り突きあげて差し上げれば、殿下はもっともっと乱れてくださる。もっと甘い声も聴かせてくださるだろう。
 殿下ご自身も、もはや締まりのなくなった口でうわ言のように「もうやだ」「はやく、きて」と繰り返しておられる。
 それは百も承知だったが、そのご命令に従うわけにはいかなかった。
 何度かそこを刺激したことで、あれから殿下はまた気をっておしまいになった。そのためもうすっかりお疲れで、今にも眠っておしまいになりそうに見える。
 これからこの場所を自分のもので蹂躙するのは無理だと思えた。

「……おい。藍鉄」
 気が付けば、荒い息をつきながらも、殿下がじろりとこちらを睨んでいた。
「お前、まさか最後までしないつもりか」
 お声は完全に地を這っている。
「最初からそこまでは、少々無理が過ぎまする。少しずつ慣らして参りましょう」
 静かに答えたら、殿下はキッと目を怒らせて藍鉄の胸元を拳骨で一度突いた。
「いいんだってば! そのために、今こうしているんだろっ」
「しかし」
「四の五の言うな。いい加減怒るぞ」

 もう怒っているくせに。
 そうは思うが、当然藍鉄は黙っている。
 殿下は藍鉄の首の後ろに両腕を回してしがみついてこられた。両足は藍鉄の腰にからまり、ぎゅっと締め付けてくる。

「さっさと入れろ。ちゃんとやれ! ここまできて中途半端なことをしたら、今度こそ許さないからな」
「で、……瑠璃さま」
「最初の『で』も、いい加減卒業しろってば」

 あれから三年も経つというのに、藍鉄は二人きりでも相変わらずこの方を「殿下」と呼んでしまいそうになる。

「しょうがないなあ」
 殿下は少しだけ苦笑すると、軽く音を立てて藍鉄の唇に接吻された。ちゅ、ちゅっと何度も唇のあちこちに、頬に、顎にと口づけが落とされていく。
「遠慮するな。……私はもう、お前の主人でもなんでもないんだから」
「しかし」
「いまは、身分差なんてなにもない。私がそう決めて、そうなったんだから。そうだろう?」

 「殿下」と呼びかけそうになり、藍鉄はその言葉を喉奥に押し込んだ。そうする代わり、触れて来た唇にこちらから吸い付く。開いた唇の隙間から現れた熱い肉に自分のそれをしっかりとからめ、吸い上げ、また殿下に甘い声をあげさせる。

「いいから……お願い。な? 藍鉄」

 至近距離から、夢のような色をした殿下の瞳が自分の目を覗き込んでいる。吐息は乱れて、上気した肌の艶めくことといったら、ほとんど眩暈がしそうだ。
 いまだにこの状況が現実だとは信じられない自分がいる。まさかあの方が、滄海の第二皇子たる瑠璃殿下が、いまこんなあられもない姿で自分に抱かれていらっしゃるなど。
 逡巡していたら、次第に殿下のお顔の色がすぐれなくなってきた。

「もしかして……イヤだったか」
「え?」
「こうなってみて、やっぱり……男なんてイヤだったんじゃないのか。お前はその……私とは違って、色々経験だってあるんだろうしさ」
 
 ふくれっ面になって訥々と言われる言葉を聞いて、合点がいった。
 要するにこの方は、藍鉄のこれまでの女との経験のことを気にしていらっしゃるのだ。女と自分とを比べられたら、容姿のことは別にしても、やはり不満が出たのではないのかと。

「左様なことは、ありませぬ」
「本当かよ」
 むすっとして、似合わぬぞんざいな言葉を使われる。
「まことにございます。……いまだに、あまりに夢のようにて……現実味がなさすぎ、信じられぬ気持ちの方が勝ります」
「なに言ってるんだよ」
 またじろっと睨まれた。
「だから、確かめろよ。私はここにいる。お前の腕の中にいるぞ。……だから」

──ちゃんと抱いて、ちゃんとお前のものにしろ。

 藍鉄の耳にそっと流し込まれた殿下の小さな声は、哀願の色を帯びて少しひび割れていた。
 藍鉄は、可愛い人を抱きしめた。細身のお体は藍鉄の腕のなかにすっぽりと収まってしまう。

 本当か。
 本当にこの方が、この高貴な方が。
 まことに自分のものになってくださると……?

「いいから。はやくしろ」

 そっと覗き込んだ殿下のお顔はやっぱりふくれっ面だったけれども、その潤んだ瞳には期待と不安と、そして確かに喜びを映していた。
 藍鉄はゆっくりと殿下の身体を横たえた。

「最初は、後ろからの方が楽だと聞き及びますが──」
「いいっ。このままで」

 ……お前の顔が、見ていたい。

 言外にそう言われた。
 藍鉄は殿下の濡れた秘奥に自分のそれをあてがうと、ゆっくりと腰を進めた。

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