ルサルカ・プリンツ 外伝《瑠璃の玉響》

るなかふぇ

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第二章 秘密の子

3 護衛候補

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 瑠璃はちょっと意地の悪い気持ちになって、笑いながら男の後頭部を睨んだ。

「なんだ? 何か言いたそうだな」
「いえ。左様なことは」
「嘘をけよ」

 ひょいと足を組み合わせて、皇子らしからぬややくだけた物言いになる。

「お前も本当に、貧乏クジを引いたよな。私なぞより、さぞやあのお優しいユーリ殿下付きになりたかったのだろうに」
「──いえ」
「だから嘘を吐くなってば。知っているぞ? 当初、お前と黒鳶、どちらを私付きにするかが検討されていたのだろう? ほかにも候補はいたようだが、最終的にお前と黒鳶が残ったと聞いている」

 確か、右大臣派の大臣おとどのだれぞかから聞いたのだ。間違いないはずだった。

「……は。それは」

 藍鉄も素直に首肯する。
 瑠璃には幼少期から十四、五歳まで別の壮年の忍びがついていたのだが、その男が退役する年齢に達する少し前に、次の者の選定が行われた。
 すでに三十路だった藍鉄はともかく、当時の黒鳶はやっと二十三ほどだ。護衛の候補に挙がるだけでも、とびぬけた優秀さが窺われようというものである。

「あのとき黒鳶が私付きになっていれば、必然的に今のユーリの警護はお前になっていたはずだ。違うのか?」
「…………」

 男のがっしりした顎が、しばし凍り付いたように動かなくなった。顎の下に薄く髭が残されているところが、男臭くも色っぽい。玻璃兄はめったに髭をのばさないが、この男にはこの風体が不思議によく似合うのだった。
 瑠璃はわずかに目を細めた。
 その髭に触れてみたら、どんな風にちくちくするのだろう。
 痛いのだろうか。それともくすぐったいのだろうか?
 自分はかなり薄いほうだから、そういう感覚がよくわからない。

(……ふん)

 なぜか小憎らしい気持ちになって、瑠璃は面倒臭そうに前髪をかき上げた。
 どうせこの男だって、あっちのほうがいいに決まっている。
 ユーリ王子は素直で優しい。一見気弱で無能なだけのようには見えるけれども、下々の者への目配りもでき、お心映えの優しい謙虚な殿下だと、このところの臣下たちの評価も高まっているのだ。
 この男だって、こんな七面倒な第二皇子のお守りなんかを押し付けられて、腹の中では不満が満杯に溜まっているに決まっている。
 思わず鼻を鳴らしたとき、唐突に男が言った。

「……ませぬ」
「は? なんだって?」
 瑠璃は片眉をはねあげた。
「ですから。左様なことはありませぬ。自分はその儀を辞退いたしましたゆえ」
「なに……?」

 瑠璃は目をまるくして、思わず顎を手から浮かした。
 男はなんの乱れもない声で続ける。

「確かに、一度は瑠璃殿下のおそばを離れ、配殿下の警護をせぬかというお話を頂きました。ですが自分はご遠慮申し上げたのです。そちらは黒鳶が適任であろう、と進言もいたしました」
 そこまで言って、男はまたぐいと振り向いて瑠璃を見た。
「自分は、瑠璃殿下の警護の続行を希望しました。そう申し上げているのです」
「……」

 瑠璃は、いかつい顎をした男の鋭い瞳をぽかんと見返した。
 いきなり何を言い出したのだろう、この男。
 つまり当初、ユーリの警護はこの男がすることに決まりかけていたのか? 瑠璃のときと同様に、またこのふたりの忍びのどちらかにすべく、候補に挙げられていたと?
 この男はそれを断った上、わざわざ「黒鳶を、是非に」と推したということか。それゆえ、あの者が警護することになったと……?
 瑠璃は思わず、座席から背中を離した。

「ま……待てよ。だとすると──」
「ご無礼を承知で申し上げますが」
 藍鉄は珍しく瑠璃の言葉を遮った。
「殿下のそれは、全くの誤解にございまする。自分がみずから、あなた様のお傍を離れるなどということはございませぬ。この身体と、頭が動く限りにおいては。……どうか、ご安心召されたく」
「う、……ううう」

 瑠璃は変な唸り声をあげて黙り込んだ。
 なんだかていよく言いくるめられたような気がする。これではまるきり子供扱いではないか。
 次第に耳のあたりが熱くなってきたのを覚えて、瑠璃はまたぷいと窓外へ顔をそむけた。夜の景色になっているため、窓には自分の少し赤らんだふくれっ面が映っている。
 ……子供じみている。
 そんなことは百も承知だ。「大人の恋愛」の何たるかなんて、自分は知らない。あの玻璃兄に相手にされなかったぐらいには、自分はまだ子供なのだ。悔しいがそれは事実だろう。
 ましてや兄よりさらに年上のこの男から見れば、自分はきっと赤子程度のものに違いないのだ。

 どうにかしたい。
 だが、どうにもならなかった。
 窓にうつった自分の眉間に細い縦皺が刻まれている。

(……ふん)

 エア・カーはすでに離宮の門を通り抜けている。離宮は一見古風な寝殿造りでありながら科学技術の粋を尽くした建物である。車はさほどの音も立てずに、前庭の奥へと吸い込まれていった。
 
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