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第二章 秘密の子
1 招待
しおりを挟む瑠璃が兄から東宮御所の一室に呼ばれたのは、そこから十日以上もあとのことだった。その間、朝議で顔を合わせていても、兄もユーリもひと言も瑠璃に話しかけてくることはなかった。
朝議の間、ユーリの顔色はずっとよくなかった。もともと緊張していることが多かったゆえに大臣たちが気づくほどではなかったものの、瑠璃にははっきりと分かってしまった。ユーリはずっと、例の件で心を乱されているのだということが。
が、玻璃兄は臣下たちに見える場所でとりわけユーリに気遣いをするそぶりは見せなかった。それだけ、例の件が秘匿性の高い問題だということだろう。ふたりは明らかに、慎重にことを進めるつもりのようだった。
東宮御所へは、夕刻になってから招待された。表向きは兄弟が水入らずで夕餉を共にするための招待であって、そのほか特段の理由はない風を装っていた。
「よく来てくれたな、瑠璃」
兄はいつものように鷹揚な笑みを浮かべて、兄としての温かさで弟を迎えてくれた。ユーリも控えめな微笑みを浮かべつつ、丁寧に礼をしてきた。だが、その頬にはやっぱり隠しようのない緊張が見えた。
ひととおり食事が終わって冷菓などが供されたころ、兄はごくさりげない様子で人払いを命じた。「すまぬ。兄弟でゆるりと話がしたいゆえな」と。
部屋に残ったのは兄とユーリ、そして瑠璃の三名だけである。ロマン少年と忍びの二人さえ退室を命じられ、部屋には正真正銘、この三人だけになった。
「……まずは、瑠璃」
玻璃兄は穏やかな表情を崩さぬまま、瑠璃を見て言った。
「先にユーリに約束してくれたようだが、ここで改めてもう一度、この兄にも誓ってくれ。ここからする話、決して口外せぬとな」
「はい。もちろんにございます」
瑠璃は威儀を正してまっすぐに兄を見た。
「この瑠璃、この命に替えましても、これよりのお話を他言いたすものにはございませぬ。もしも万が一そのような儀になりました際には、どうぞこの命をお取りくださいませ」
兄は鷹揚に苦笑して、「おいおい」と言った。
「いかようなことになったとしても、左様な真似はせぬが。……まあよい。その気持ち、有難く思うぞ。瑠璃」
「いえ」
静かに答えると、兄たち二人はそっと目を見合わせ、頷きあった。兄はすぐにこちらに向き直って言った。
「実はこの件、黒鳶にもロマンにもまだ話しておらぬ。……まあいずれ、話さねばならぬ時もくるであろうが」
瑠璃は黙ったまま頷いた。
◇
(信じられぬ。……まさか、斯様なことになっているとは)
東宮御所を辞して自分の離宮へ戻る大型エア・カーの後部座席で、瑠璃はずっと物思いに沈んでいた。AIによって自動運転される車体だが、藍鉄は万が一の時のため、常に前の運転席に座っている。後部座席とは姿や音を遮蔽できるつくりだが、今はその壁が開けられている。
兄とユーリによるその話は、驚くべきものだった。
なんとなれば、ユーリはすでに人の子の親になってしまっているのだという。
だがその子は、兄の子ではないというのだった。
宇宙から来たあの人造人間──兄たちはその男を「アジュール」と呼んだ──は、玻璃兄を筒状の檻に閉じ込め、当初ユーリには首輪をつけて監禁した。
嗜虐的で人間に一抹の憐憫も覚えぬその生き物は、最初のうちはユーリたちにひどくつらく当たったようだ。その嫌がらせの一環として、男はユーリの体液を搾り取った。……すなわち、子供をつくる種にあたる体液を。
兄は詳しく語らなかったが、恐らくそのとき、彼奴はその行為を兄に見せびらかすようにして行ったことだろう。それはユーリの真っ赤になった顔から容易に推察できた。
ユーリとて、これでも王家の子である。それがどんな恥辱であり、どんなにかつらく悔しい出来事であったかは、瑠璃にも十分に想像できた。
ちなみにユーリが羞恥に体を震わせながら必死に主張したことには、人外の男は遂に、ユーリの大事なその場所に踏み込むことだけはしなかったらしい。単なるタイミングの問題ではあったようだが、それだけは不幸中の幸いだった。
そうして、その結果。
滄海の「遺伝情報管理局」が行う仕事と同様の操作が行われ、ユーリとその生き物が持っていた遺伝情報が掛け合わされて、ひとりの子供が誕生したというのだ。
男の真意については二人にもはっきりとは分からないらしい。単なる気まぐれだっただろうと思われる。だが、恐らくはその子供を使って二人を脅迫することが目的だったのではないか。
しかし結果として、それは男にとって非常に不利な状況を作ってしまった。
つまり男は、少年を溺愛してしまったのだ。
それはもう、滅茶苦茶に。
兄たちはその少年を「フラン」と呼んだ。
彼の名を呼ぶとき、二人の顔は不思議なことに、なんともいえない優しい表情に彩られた。
さぞや可愛らしく、性格もよい子供であったのだろう。赤子はあっというまに成長して少年になり、もう一人の「父親」とでもいうべきアジュールを説得して、玻璃兄とユーリを地球に戻すことを決意させてくれたのであるらしい。
ふたりが秘密にしてきたことの大部分は、この少年に集約されている。
要するに、フランはユーリの長子なのだ。玻璃兄は血筋の上ではまったくの他人。ではあるが、赤子の頃からかかわりを持ち、フラン自身も玻璃兄を「玻璃どの、玻璃どの」と呼んで特別な親愛の情を見せたことから、とても他人とは思えない存在になっていると。
(それは、確かに……危ういな)
瑠璃は先ほどから、顎に手を当てたまま考え込んでいる。目の前を通り過ぎていく滄海の夜景は今、まったく目に入っていなかった。
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