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しおりを挟む「だめ……! いや……あ!」
だめだ。
もう、だめ。
おかしくなる──。
(でも……)
それでは、どんな言葉にすればいいのか。
実際、自分はそんなに「お綺麗」でもなければ「物知らず」なわけでもない。あの暗黒の三年の間に、蜥蜴の男から閨ごとに関するありとあらゆる「調教」を受けた身だ。
大半は「タカアキラ」としての自我を封じた状態だったとはいえ、あの頃のすべての記憶が消えているわけでもない。
あらゆる下品で、卑猥で、卑屈な言葉。皇族としての誇りも何もかも捨てなければ紡ぐことのできなかった、性奴隷としての表現のすべて。ああいう嗜虐趣味を持った男の顔を下卑た笑いで歪ませる、そんな言葉づかいのすべてを、あらゆる希望を叩き潰された上で教え込まれた。いや、文字通り叩き込まれた。
それらの「語彙」のどれであったら、いま、この男を喜ばせることができるのだろう。
ともすれば、あっさりと快楽にもっていかれそうになる思考で、アルファは必死に考えている。
(でも……イヤだ)
この男は、あの蜥蜴の男とは違う。
自分は彼の性奴隷なわけでもない。
あの時と同じ語彙を使って彼に何かをねだるのは、何故だかとてもいやだった。
あの時とは、違うのだ。
あの時は、少しでも「いやだ」と言えば、いやそれどころかほんのわずかに躊躇しただけでも、次には恐ろしい折檻が待っていた。ただただそれが恐ろしくて、自分は相手の要求に唯々諾々と応えてしまっただけなのだ。
でも、今はそうじゃない。
自分は彼を怒らせたくないからこういう事を言いたいのではない。
ちがう。まったくちがう。
方向性が真逆なのだ。
「ベータ……。べー、タ」
触れられるたび、ぴくりと尻を震わせてしまう。アルファはおずおずと後ろを見た。蒼い星の色をした男の瞳には、明らかな情欲が揺れている。口にすればきっと叱られるだろうけれど、そこには可愛い、あるいは他愛のない悪戯心が見えるのみだ。それは嗜虐とは程遠い。
もしもこのまま自分が強情に口をつぐんでいたとしても、彼があの蜥蜴の男のようにして自分を苛むことはありえないのだ。
……だからこそ。
それだからこそ、彼を喜ばせたい。
自分が卑猥な言葉を口にしてまでも彼を欲しているのだと、伝えたい。それさえ伝わればいいのだ。言葉はなんであっても構わない。
(だから……)
可愛くていいのだ。
ごく幼い表現で、彼の耳をくすぐってやれればそれでいい。
アルファは背中ごしに片手を伸ばして、自分の首筋に唇を這わせているベータの頭にそうっと触れた。そのまま彼の耳に口を寄せる。
中途半端に体にひっかかったままのシャツとスラックス。その縁から見える肌に散らされた花弁をも見せつけるようにして。
言葉の合い間に、乱れた吐息を混ぜ込んで。
震える体を、熱さを分からせるように彼の腰のあたりに押し付けて。
「触れて……? ベータ」
「私の、……に」
吐息を流し込むように。
思い切り微笑んで、甘い甘い囁きを。
「それから……欲しいよ」
「ベータ。君の──」
そう言って、彼の鼻先に口づけた。
途端、彼の瞳がぎらっと光った。
次にはもう、待ちわびていたその場所をぎゅっと握りこまれていた。
「ひあっ……! あ!」
アルファは仰けぞり、男の手に刺激されるまま、欲望の白濁を吐き出した。
最初は後ろから。そして、前から。
アルファはベータに突き上げられて、頭上の梢に向かって何度も何度も嬌声をあげた。
彼の腰に両足を回し、首に抱きついて腰を振る。
「あっ……いい、ああ……んっ、そこ、もっとお……」
そして思うさま、彼の聞きたいだろうことを口走る。
「君の、すご……熱くて……いいっ、んっ、ん……ひゃあんっ……!」
あられもない姿。
あられもない声。
途中からは何を言っているのやら、自分でもわからなくなる。まあ、そんなのはいつものことだけれど。
それでも必死に彼のものを締め付ける。彼にも、できるだけ悦くなってもらえるように。
とても立ってなどいられなくて、やがて互いの脱いだものを草の上に敷いて横になる。明るい朝の陽射しのもとで、白いだろう太腿の内側とその間のものを全部彼の目に晒して。
下腹は、自分の吐き出したものですっかりどろどろになっている。
何度もそうやって体を重ねて、ついに力つき、互いに荒い息を調えながら抱き合った。すっかり四肢を投げ出しているアルファの頬に、耳に、首に、肩に、またベータが唇を這わせてくる。
「ん……」
ふと自分の体を見おろして、気がついた。
先ほどは、単につけ直しているんだとばかり思っていたが。
どうやら彼は、医療カプセルに入ったことで消えてしまったあの花弁を、ほぼ寸分たがわずにこの体につけ直していたらしい。
位置といい大きさといい、間違いなくそのままだった。
(こいつ……)
彼は彼なりに、かなり不快だったのだろうか。
せっかくつけた自分の印、「自分の所有物だ」という証が消えてしまって。
でも、自分で強引にあそこにつっこんでしまった以上、真正面からこちらを責めるわけにもいかず──。
「……ふふ」
「なんだ。何を笑ってる」
ひそかに笑ったつもりだったが、耳聡い男にはすぐに聞かれてしまったようだ。きりりとした大好きな眉が少しよって、眉間に皺が刻まれている。
それだって、今では大好きだけれども。
アルファはそうっと顔を寄せ、彼のそこに口づけをした。
「可愛い」なんて言ったら、きっと叱られてしまうだろうから。
「……なんでもないよ。いいから、少し休んだら……ね? ベータ」
もっとしようよ、と吐息だけで囁く。にっこり微笑む。
男はそんなアルファを見つめてため息をついた。
「……お前。結構な淫乱皇子だったんだな。知らなかった」
「悪かったな。……でも」
君にだけだ。
もう二度と、君にしかこんな姿は見せない。
誰にもこの肌を許したりなどするものか。
憎まれ口ばかり叩くその唇に、軽く吸いつく。
そうしたら唇をわり広げられ、もっと深いキスが応えてくれた。
さらさらと、頭上で緑の葉がゆれる。
「……ね、ベータ」
「なんだ」
「今度……教えてもらえないだろうか。包丁の使い方」
「どうして」
「どうしてって……」
顔を離して、そっと男の瞳を見つめる。
「私だって……言われてみたいし」
「何をだ」
「だから……」
愛する人に、自分の手で料理したものをふるまって。
それで「美味しい」と笑ってもらう。
それは幸せなことではないだろうか。
言ったわけではないのに、星の瞳がにやりと笑った。
「……別に、俺は構わんがな。十分美味い思いはさせてもらってるし」
「は?」
「非常な美味だよ。お前の身体は」
「……もう!」
だからそういうことじゃない。
怒った顔を作って男の胸を軽く叩いたら、ベータはくはは、といつもの顔で大笑いした。
緑の梢がさらさら笑う。
朝の陽射しが駆け抜ける。
小鳥のしあわせな歌が聞こえる。
……愛してる。
アルファは心の内だけでそっとつぶやくと、いま叩いたところに顔をうずめて目を閉じた。
男の手が、ゆっくりと髪を撫でている。
言葉とは裏腹に、それはいつだってひどく優しい。
ゆらゆらと眠気がやってくる。
「……いいぞ。寝ていろ」
そんな言葉が最後に聞こえて、あとはすとんと眠りにおちた。
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