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しおりを挟む「刻けて……? もう一度。私に──」
そう耳もとで囁いたら、ぐわっと男が目を剥いた。
「お前は……!」
両腕が、凄い力でこちらの腰を抱き込んでくる。少し苦しいほどだった。
「朝っぱらから、なんだその色気全開は! いい加減、自重しろ」
「……って、あのなあ」
そんなに言うほどのことだろうか。どうも自分ではよく分からない。
大体、何だその「色気全開」とかいうセリフは。
変な顔になっていたら、いきなり頬にキスをされた。そのまま唇を求められ、アルファはわずかにそこを開いて受け入れる。
「ん、……ふぅ」
舌を絡めて何度も求めあい、それこそ「朝にはあるまじき」深さで愛し合う。
やがてベータの唇が、アルファの顎の線をたどり、首筋へとおりていく。そこでひときわ強く吸われ、軽く歯を当てられて声が出た。きゅうん、とまるで小さな子猫のような声になってしまう。
顎をあげ、自然と身をのけぞらせる。
ベータの指先はもう、夜着のあわいから差し込まれてアルファの胸の突起を玩弄している。ぴりぴりと、そこから快感がのぼってくる。
「……っあ、……うぅん」
次第に熱が集まり始めてしまった腰をよじると、ベータはようやくアルファの体を解放した。
「はっ……あ」
息が上がってしまっているのは自分ばかりだ。ベータは至って涼しい顔で笑っているだけである。
(まったく、こいつは……)
身体がこんな風になってしまってから手放されても。すでに目覚めてしまった欲望を落ち着かせるのに、またひと苦労するではないか。
そう思って軽く睨むと、男はむしろ嬉しげな眼の色でこちらの瞳を覗き込んできた。
「朝からそんな顔をして、『色っぽくない』なんぞは通用せんぞ」
「……うるさいよ」
「何度も言うが。人を煽るのも大概にしろ、お色気皇子」
「おいろっ……だから、そんなことはしていないっ!」
「ともかく行くぞ。本当に朝メシが不味くなる」
言ってベータはアルファの手を引き、部屋を出た。単につなぐだけでなく、指を絡めてしっかりと握られる。
(……あ)
なんだか首から耳のあたりが熱くなった。
こんなこと、周囲にあのザンギやミミスリ以下、多くの臣下らがいる場では絶対にしてこない真似だ。普段はむしろこの男、「私たち、確か付き合っていたんだよな?」と心配になるぐらいに素っ気ないというのに。
それどころか、こと政務のこととなればむしろ非常に厳しく、かつ辛辣だ。
「そんな認識で皇太子が務まるか」とばかりに、相当厳しい叱責すら辞さない。周囲に誰がいようがお構いなしだ。その率直さは、そばで聞いているあのミミスリたちが時に鼻白むほどのものである。実際ここに至るまで、何度この男から耳の痛い「お叱り」を受けたことか。
もちろんそれは、彼があのスメラギの民を愛するがゆえ、さらに言えばそこを治める立場たるアルファ──というよりも「皇太子タカアキラ」──の行く末を衷心から案じてくれているゆえだ。そうと理解していればこそ、アルファも不満を並べたことはない。
にも関わらず、だ。
こうして二人きりになると、この男はアルファに対して急に態度が甘くなる。ベッドの中など、最たるものだ。この男のこういうところは、なんとなくネコ科の動物を彷彿とさせた。
廊下に出ると、彼の淹れた珈琲のいい香りがした。と同時に、体が空腹だったことを思い出す。最近ではアルファももう、これを一度は飲まないと一日を終えられない身体になってしまった。
本人たちは別にはっきりとは言わないが、一緒にお相伴にあずかることの多いミミスリやザンギもそうであることに、アルファはとうに気づいている。
先ほどの治療のお陰で足腰も随分と楽になったようで、アルファはわりに軽快な足取りでキッチンへ戻った。
テーブルには、すでに彼の言葉どおり朝食の準備がなされている。見れば先ほどアルファが刻んだ野菜も、ちゃんと皿に載せられていた。
「ああ、美味しそうだ。……いただきます」
席についていつものように手を合わせると、ベータが早速アルファのカップに件の琥珀色の液体を注いでくれた。
礼を言って口をつけると、豊潤な香りと苦みと温かさで、ついほうっと吐息がでた。
「幸せだな」、と思う。
幸せというのは、こういう何でもない日常の些細なことがあつまったものでできている。
自分の使命は、あのスメラギの人々のこういう些細な幸せをしっかりと守ることなのだ。
朝食が終わったあとは、居住スペースを出て周囲の散策をする。せっかく美しい自然に囲まれた島なのだから、これを堪能しないのはもったいない。その間もずっと、ベータは先ほどと同様にアルファの手を握っていた。
アルファはもう、普段のシャツとスラックスに着替えている。直衣や狩衣でいけないわけではないのだが、あれらはとにかくぞろぞろしていて、どうしても動きが制限されてしまうからだ。
いつもそうすることにしているので、周囲で警備に当たってくれているはずのミミスリやザンギは姿を見せない。あの耳のいいミミスリのことなので、自分たちが外へ出てきた時点で姿を隠してくれているのだろう。
この「蜜月」の間じゅう、ほとんど彼らの姿を見たことはなかった。ここの管理をしてくれている家族たちも同様である。
周囲に桜の木の植わった湖の畔まで出ると、急に目の前がすうっと開ける。花の季節ではないけれど、その代わりに豊かに茂った緑の色が目に染みるようだった。気のせいか、それを見るだけでも体の中から悪いものが抜け出ていくような心地がする。
水面にたつ漣に、朝の陽の光が反射してきらきらと笑っているように見えた。
しばらく二人で黙ってそんな景色を見ていたが、やがてベータがそばの桜の木にアルファの背中を押し付けるようにした。
「──さて、と」
「え?」
「あらためて、先ほどの『ご注文』に応えることにするか。ん?」
ちゅ、と首筋に口づけを落とされる。
「え? ……ええ?」
「言っただろう。『元通りにあの痕を付け直してほしい』と」
ちょっと待て。
そこまでのことは言ってない。
いや、そんなことよりも。
戸外でするのか?
こんなところで……?
「い、……いや。いやいやいや! ベータ──!」
慌てて彼の胸を押し戻そうとしたが、本気になった彼の腕力に、到底敵うはずなどなかった。
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