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しおりを挟む「ふ……。あ、いたたたた」
目が覚めるなり、そんな小さな悲鳴をあげた。
少し身動きをしようとしただけで、昨夜無理をさせすぎた腰といい、足の付け根といい、ひどい疲労とだるさを訴えてきたからだ。
さもありなん。前夜もかなり無理をして、自分は彼に「もっと、もっと」と先を強請りつづけてしまったから。
忠実な臣下たちの心尽くしにより、この惑星オッドアイで彼と二人での蜜月を過ごし始めて、これで三日目。全体でもわずかな日数しか取れないのだったけれども、だからこそ、少しの時間でも彼と一緒にいようと、存分に愛してもらおうと、密かにそう思っていた。
柔らかくて清潔な枕の上でそうっと頭をめぐらす。しかし、夜じゅう自分の隣にいたはずの男の姿がなくなっていた。
窓から差し込む朝の光に照らされたその場所には、人がそこにいた跡形が少しシーツの皺となって残っているばかりである。
「ベータ……?」
夜中にうっすらと目を覚ますたび、あの腕にだきしめられ、顔だけでなくそれこそ体じゅうにキスを落とされて、また眠って。
「お前はいったいだれなんだ」と言いたくなるほど、男はベッドの中では不思議なぐらいにアルファを愛し、甘やかす。
しかしここに、その男の姿はなくなっていた。
「あいっ……痛つつつ」
不思議に思って身を起こそうとしたら、また鋭い痛みが腰に走った。ぼすっと枕に頭を沈める。
(まったく……)
自分の体力のなさが恨めしい。もしも自分が女性であったら、もう少しぐらいはマシなのかもしれなかったが。しかし、いまさらそんなことを言っても始まらない。男同士のこうした行為は、どうしても抱かれる側に大きな負担を強いるのだ。
そのことが分かっているから、あの男も決して、「本当に無理」とアルファが思う以上のことはしてこない。
(……でもそれは、ほんとうは)
少し、ほんの少しだけだけれど。
「さびしい」、と思う自分も確かにいる。
アルファは自分の身体をだましだまし、ゆっくりと体を起こした。ベッドサイドのテーブルに置いてある自分の夜着に手をのばす。
あの男はあまり使わないが、彼はこの宇宙で普通によく見られるガウンを纏うことが多い。しかし自分は同じ袷のものならスメラギ式の衣装が肌に合う。だからガウンの代わりに、こうした絹地の夜着を羽織ることが多いのだ。
前を合わせるとき、アルファはふと、自分の肌の上に残されているものに気付いてふっと笑った。昨夜、あの男がこの体じゅうに残していった赤い痕。花弁のようなそれはもう、この体をあますところなく彩っている。首筋はもちろんのこと、鎖骨にも、胸にも、脇腹にも。それよりずっと下の腹のほうにも、太腿の間にも──。
これは、彼の「所有の証」だ。
アルファはその痕のひとつをそうっと撫でて微笑んだ。
少し不自然になってしまう自分の足取りに気恥ずかしさを覚えつつ、アルファは壁に手をつきながらそろそろとダイニングの方へと歩いていった。
果たして、そこにも彼はいなかった。
この居住施設を管理してくれている例のやわらかなアンドロイドたちとは行き会ったけれども、かの長身の姿はどこにもない。いったいどこへ行ったのだろう。
アルファは目をめぐらして、キッチンの中を少しのぞいた。この建物はもともとあの子供たちが使用していたこともあって、生活に必要な設備はほとんど漏れなくそろっている。この「ハネムーン」で使用するにあたり、管理してくれている家族たちが十分に食材そのほかも揃えてくれていた。
とはいえ、料理をするのは基本的にはあちらの男ばかりだったけれども。
(……どう、しようかな)
恥ずかしい話なのだが、実は自分はろくに包丁も握ったことがない。
なによりも、スメラギの皇子として生まれ、幼い頃から多くの人々に傅かれて育ってしまったことが大きいのだが。けれども、長じて後に軍属になってからも、その後とある事情で富豪の男の「奴隷」に落とされた時にも、料理をするような機会はまったくなかった。
特に「奴隷」にされていた期間は、そんな刃物を持つなどは許されない話だった。飼い主であるあの蜥蜴の姿をした男のほうでは、それこそ様々な道具を使って好き放題にこの体を切り刻んでくれたわけだけれども。
(でも……。少しぐらいなら、大丈夫かな)
そう思って、キッチン周辺をあちこち探す。
朝食もあの男がいつも用意してくれていたが、見よう見まねでちょっと食材を切るぐらいのことなら大丈夫ではないかと思ったのだ。
冷蔵になっている食糧庫からトマトやハムを取り出す。トーストを見つけ出し、それを焼いて、バターを塗って。……うん、できないこともなさそうだ。
火加減やそのほかのことは、かなりのところコンピューター制御で補ってくれるので、そうそうは失敗しない。なにしろあんな子供たちでさえ、アンドロイドの手を借りて問題なく暮らしていたのだから。
アルファはキッチン脇に掛けてあった男のエプロンを見つけて身につけた。それは腰から下だけを覆うデザインの、真っ黒いものである。長くなってきた髪を後ろでひとつに縛り、邪魔な袖を襷がけにする。
野菜を洗い、まな板を出す。そうして、ベータが切ってくれているときの形を思い出しつつ、慎重に少しずつ刃を入れてみた。
うん、なかなかできる。葉ものは丁寧にやりさえすれば比較的かんたんに刻むことができた。次はトマトだ。
半分にして、次はそれをまた半分に。それから──
次の瞬間、刃先がつるりと皮の上ですべった。
「あ、いたっ……!」
ぱっと見ると、一拍おいて左手の人差し指がぱくりと切れて、真っ赤な粒をしみださせていた。
「バカ野郎! 何をやってる!」
途端、部屋に怒鳴り声が響き渡った。
アルファはびくっと体をすくめる。
見ればダイニングの入り口に、外の畑で取れたらしい野菜を手にしたベータが仁王立ちになっていた。
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