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終章
エピローグ(2)※
しおりを挟む広々とした未来都市の一角にある高層住宅。
その最上階を、この世界の為政者は二人にプレゼントしてくれている。
いや、「プレゼント」は語弊があるだろうか。シンケルス自身へは、このプロジェクトへの多大な貢献に対する褒美であり、ストゥルトへは謝礼としての意味を含んだ快適な新居である。
ストゥルトが知っている「高層住宅」はせいぜい三階から四階建てだったけれども、ここの住宅はケタがちがう。普通に何十階もある建物が林立している。文字通りの摩天楼だ。
古代世界の住人だった自分からすると、「こんな何もかも色々と便利すぎて大丈夫なのか」とちょっと心配になるぐらいには便利であり、設備の整った快適な住宅だ。……ここの人たちはもう少し、体を動かしたほうがいいような気がするぐらいには。
なにしろ家の中でも例の《アリス》のようなAIがいて、あれやこれやと住人の要望に応え、痒い所に手が届くケアをしてくれる。
自動運転のエア・カーが音もなく屋上の発着場に停まると、ふたりは足早に自分たちの巣へと戻った。
途中から、男はもうストゥルトを抱き上げている。その間もストゥルトは男の首に腕を回し、彼の顎に、首に、頬にと口づけを落としまくっている。
部屋の自動扉が開くと同時になだれこみ、そのまま寝室に直行する。が、ストゥルトは「彼女」への挨拶を忘れなかった。
「《タバサ》、ただいま」
《お帰りなさいませ、ストゥルトさま、シンジョウさま》
すぐに部屋のどこからか返事をしたのは自分たちの家のAI《タバサ》だ。口づけはやめないながら、シンケルスが続けて命じる。
「《タバサ》、入浴の準備を。しばらくは外部からの連絡をすべてシャットアウトしてくれ。三時間ほどでいい」
《了解しました。バスルームの準備を始めます》
ベッドに下ろされると、無言のまま互いの服を脱がせ合い、その間も惜しんで互いの唇を深く求めあった。
舌の絡まり合う水音が鼓膜を犯す。
「んっ、んん……はやく──抱いて」
先ほどの行為で、そこはすっかりほぐれている。
それでも男はちゃんと潤滑剤を使用して丁寧にもう一度ストゥルトのそこに塗り付けてから、すでに滾り勃った彼のものをそこに押し当てた。
待ちきれず、ストゥルトは腰をくねらせる。
「ん、はやくぅ──っくあ……!」
ずぷぷっと貫かれて、全身が痙攣した。
男の熱。そこから全身が燃え上がりそうだ。
快楽が脳天を貫き、自分の内側が男を求めて絡みつく感触を味わう。
体じゅうの細胞が歓喜しているのがわかる。
「ああ、あ……あ……っ」
そこからはもう、息もつかせてもらえないほど存分に抱かれる。疲れてついつい「もうやだ、やめて」と言っても、やめてもらえないことが多い。すぐあとに予定が入っていないときはいつもこうだった。それだけこの男もあちらの時代にいる間、我慢していたということかもしれない。
予定というのは主に、この世界に住むさまざまな人たちとの交流だ。特に、学齢期にある子どもたち。かれらはみんな、「本物の古代人」と話ができることに大いに興味をそそられて、目をきらきらさせて楽しそうに自分に話しかけてきてくれる。
もう少し年齢の進んだ青年たちも、ストゥルトと会う機会を心待ちにしてくれている。今ではこれが、各種学校の教育プログラムに組み込まれる形になっているのだ。
そこで様々な未来人たちに接して強烈に感じること。それは、「古代だろうと未来だろうと、人間は変わらないんだな」という一点だった。これは素直な感想だ。
「はあっ、あ……あっ……トウマ、そこ、いいっ……もっとお……っ!」
……しあわせだ。
この男がそばにいる。
こうして、私を抱いている。
あの時は、こんな未来が来るなんて考えることもできなかった。みっともなく泣きながら、それでも彼を未来へ送りだしたあの日には。
今でも信じられない。だがこれは現実だ。
この男が、自分の何もかもを擲ってやっと手に入れることができた未来だ。何度も何度も、過去への時間旅行を繰り返し、何度も命まで失いながら。
……そこに、自分も共にいられることが嬉しい。
「あっ、あっ……あ、あっ……あんっ、トウ、マ……っ!」
思いきり足を広げられ、何もかもを彼の目に晒し。
女みたいな甘くかすれた嬌声をあげ。
男を存分に悦ばせる。それが自分の悦びでもある。
いつものように、ぽろぽろ涙を零しながらともに達する。男も自分の内奥でぶるりと震え、満足げな吐息を洩らして覆いかぶさってくる。
「トウ、マ……」
「ストゥルト──」
互いの名を呼び合いながら、また口づけをかわす。
しあわせだ。
愛してる。
……おまえを、ずっと。
未来の街を照らしだす夕刻の太陽。赤く揺らめく楕円の熱玉が、じりじりと無機質な建物群の向こうへ沈んでいく。すべてをじんわりと温めながら、からまりあうふたりの姿を眺めている。
まだ火照った体を男の腕に抱かれたまま、ストゥルトはカーテンの向こうにしずみゆく紅の光源をじっと見つめた。
しあわせになろう。
私もおまえを、きっときっとしあわせにする。
古代世界を照らしていた太陽神アポロンが、夕日のかげから顔をのぞかせ、にこりと微笑みかけてくれた気がした。
完
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2021.6.26.Sat.~2021.12.7.Tue.
明日のあとがきをもって完結といたします。
ここまでのおつきあいを、まことにありがとうございました。
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