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第十二章 拓けた未来へ
6 背中
しおりを挟む「おっ。なんだ皇帝ちゃん! それ指輪かよ?」
「えっ。あ、うん……」
見舞いに来てくれたレシェントがストゥルトを見て発した第一声はこれだった。
一緒についてきたリュクスも、ちょっと面白そうな目をしてストゥルトの左手、薬指に光っているものを見つめている。
実は「見舞い」と言うにはちょっと語弊がある。というのも、彼らもシンケルスと同様にこの建物内でしばしの逗留を義務づけられている身だからだ。ゆえに、ふたりとも服装はほぼ同じである。
「へー……」
ソファに座ったレシェントが頬杖をついてにやにやしながら、素知らぬ顔で茶など準備しているシンケルスを横目で見ている。
ストゥルトは昨日の顛末を思い出して、なんだか首のあたりが熱くなった。
『愛している。……そのままのお前を。だからどうか、受け取って欲しいんだ』
その後、自分がなにを言ったか、またやったかよく覚えていない。もう涙でぐしゃぐしゃになった顔で、必死に首を縦に振ったこと以外は。
シンケルスはこちらの体をぎゅっと抱きしめて、ひと言「ありがとう」と言ってくれた。
嬉しくて嬉しくて、彼にしがみついて口づけをして、それから……シンケルスはそっと、まるで本当に壊れ物でも扱うようにストゥルトの手を取って、薬指にこの指輪を嵌めた。
聞けば裏側には、ストゥルトとシンケルスの名が刻印されているのだそうだ。
「ったくよ~。しょうがねえなー、シンジョウはよー」
「なにがだ」
じろりと男がレシェントを睨む。実はこちらも偽名であって、本当の名は「トラヴィス」とか言うのだそうだが、混乱しそうなのでストゥルトはまだ以前のとおりに呼んでいる。
レシェントはライオンみたいな金色の瞳をいつもの三倍ぐらいはきらめかせながら、楽しげにシンケルスの鋭い視線の矢を受け流している。
「だってよー。皇帝ちゃんはこっちの世界で、すでに超有名人なんだぜ? 色々あって、名前と出自が公表されてからこっち、そりゃもうあんたに会いたいって奴がわんさかいる状態なんだぜ? ここから出たら大変よ~?」
後半はこちらを向いての言葉だった。
「ああ……それはシンケルスからも聞いているが。それが?」
きょとんとして首をかしげたら、「あーあ」とレシェントが呆れた目をしてまたにやにやした。
「わかんねえ? こいつ、妬いてやがんだぜー。こんな鉄面皮のくせしやがってよ」
「……は?」
その瞬間、部屋の気温がどすんと低くなったのが肌で分かった。
もちろん原因はシンケルスだ。今度こそ、本気の殺気をみなぎらせてレシェントを睨み据えている。
「黙れ」
「ああ? 黙るわけねーだろが」
「あ、あの……」
(妬いている……? って、シンケルスが??)
まさか。
そんなこと、あるはずがない。
ぎょっとしてシンケルスを見たが、男はふいと視線をそらして明後日の方を見た。
口の端をにやりと引き上げて、レシェントがぐいとこちらを向く。リュクスも控えめではあるが概ね似たような表情である。
「あんたは知らねえだろうが、外には色んな奴がいる。これからおいおいわかるだろうが、年齢も性別もさまざまな老若男女、美男美女がな」
レシェントに続いてリュクスも言う。
「なにしろこっちじゃ、整形だって思いのままだからねえ。なにもこんな超カタブツの朴念仁を選ばなくっても、もっと君の好みに合う人がいっぱいいるかもしれないんだよ?」
「え、ええ……?」
戸惑って目を泳がせると、外れていたはずのシンケルスの目とぱちっと目が合った。
……だめだ。さらに機嫌が悪くなってるぞ。
レシェントが片手をひらひらさせて笑っている。
「だからよー。気が気じゃねえわけよ、こいつにしたら。あんたが外に出た途端、めちゃくちゃ目移りしてぽーいって捨てられんじゃねえかって──ぐはっ!」
そこまでだった。シンケルスの腕が凄まじい速さでのびてきたかと思ったら、次にはもうレシェントは胸倉を掴まれて、文字通り猫の子みたいに外に放り出されていた。遂に堪忍袋の緒が切れたらしい。
「っておい! いま来たばっかじゃねーかよー。茶ぐらい飲ませろっつーの。一応客だぞ、俺らー」
「そんな無駄口を叩きに来る奴は客じゃない。とっとと失せろ」
「うわー、横暴ー。傍若無人ー。人でなしー」
レシェントは棒読みの体でそう言いながらも、満面の笑みのままだ。
リュクスがその横を何ごともなかったような顔ですり抜けていく。彼が出ていったのと、扉が閉じたのは同時だった。シンケルスが即座に扉の横のパネルでロックをかける。
深い溜め息が聞こえた。
「……すまない」
「え、いや……」
男は壁に片手をつき、もう片方の手で顔を覆って向こうを向いたままだ。
(あれ……?)
だが、ストゥルトは気が付いてしまった。
こちらに背を向けたシンケルスの耳が、かなり赤くなっていることに。
(え、え……?)
こんなの、初めて見たかもしれない。
この男が? シンケルスが? 赤くなってるのか、こんなことで……?
きゅん、と胸に甘い痛みが走った。
「シ、シンケルスっ。あ、あの──」
どもりながら出した声は、変に掠れてうわずった。
「わ、わたしはっ……」
そっと手を出し、男の背中のあたりをつかむ。
(そんな……嫉妬なんかする必要ないのに)
だって私は、お前がいいんだ。当然だろう?
これから誰に会ったとしても。どんなに見た目が好みの人が現れても。
「目移りなんか……しないからな。絶対に」
第一、そんな風に思うのは私自身に失礼だろうが。
ふくれっ面でそう言って男の背中にしがみついたら、男は自分の顔を覆ったまま振り向いて、こちらに顔を見せないまま、素早くストゥルトを抱きしめてきた。
息もできないほど強く。ちょっと苦しいが、それが嬉しい。
「そうしてくれると嬉しい。……すまない」
「バカ。謝るな」
小さく囁き返してやる。
それから赤くなった男の頬と耳とにそうっと触れて、その唇に自分のそれをそっと重ねた。
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