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第十二章 拓けた未来へ
5 ぷろぽーず
しおりを挟む「これを」
「ん? なんだ」
ぱか、と小箱の蓋がひらく。
そこに、銀色の指輪が鎮座していた。
(なんだ……?)
小首をかしげているストゥルトを見て、男はやっぱり苦笑した。
「お前たちにこういう習慣がないことは知っていた」
男はなぜか、いつになくものが言いにくそうな風情である。
「つまり、これは……プロポーズだ」
「ぷろぽーず? ……とは?」
かしげた首をさらにかしげる。
男は真剣なまなざしで、じっとこちらを見つめている。
「俺と結婚して欲しい。……いいだろうか」
「けっ……?」
ストゥルトの目は完全に点になった。時間が停止する。
自分の耳をまず疑い、脳内に刻まれた先ほどの言葉を何度か反芻する。
だが何度繰り返してみても、聞こえてきた単語は間違いなくそれだった。
「けっ、けけけ……っこ、ん……?」
「そうだ」
「いや、ちょっと待て!」
思わず手をあげて叫んだら、男の体を張りつめさせていた《気》みたいなものが不意にしゅんっと抜けた。いや、本当に抜けたのだろう。
なんとなくだが、ちょうど大型犬が耳と尻尾を垂れて凹んだような感じだった。
「……だめか」
「えっ。あ、いやっ! そ、そそそういうことじゃ、なくっ……!」
ああ、まずった。この反応ではそう思われても仕方がないではないか。
別に断ったわけじゃない。なのに。
バカバカ、自分のバカ!
「ちがっ……そうじゃなくて! そっ、そもそも私たちは男同士だ。結婚なんてできな──」
言いかけて「いや」と思い直す。
「って。もしかして、できるのか……?」
男はそこでやっと顔を上げた。相変わらず、まっすぐにこちらを見つめてくる。いつも通りの澄んだ真摯な瞳。ストゥルトが大好きないつもの瞳だ。
「できる」
男が深くうなずいて見せた。
「ここではすでに、同性婚は法的にも認められているんだ」
「え、まさか……本当か!?」
これはびっくりだ。
たしかに古代アロガンス帝国でも、同性愛には寛容だった。だが、結婚となると話が違う。結婚というのはそもそも、男女が番になって子孫を儲けることを目的としたものだからだ。少なくともアロガンスではそうだった。
逆に、身分が高い者や裕福な者だと、結婚した妻がいるにも関わらず愛する青年や少年を囲っているなんていうことも珍しくはなかった。ほかの国や時代は知らないが、とにかくアロガンスではそうだったのだ。
シンケルスは、やや落ち着きを取り戻した様子で座り直した。
「お前が考えていることはわかる。だが子どもができない、という一点が問題なら、それはこちらの世界ではほぼ解消されている」
「ええっ?」
「つまり。こちらでは同性婚でも子どもを儲けることが可能なんだ。もちろん自分で産むのではなく、科学的な技術を使ってのことだがな。そうやって子どもを持っているカップルは大勢いる。女性同士の場合には女の子しか生まれないといった問題はまだ残っているがな」
「な、なんてことだ……」
一気に情報が増えたせいか、なんだか頭がくらくらする。
(子どもがつくれるだと? 私とシンケルスとでも……?)
「そ、それって、それって──」
「俺との子どもを作るのはいやか?」
「ちっ、ちがうっ……! そうじゃなくて──」
「では結婚するのがいやか」
「それもちがうううっ!」
頭がとうとう爆発した。もうわけがわからない。
ほとんど涙目になって見返すと、男は神妙な顔をして相変わらず小箱をこちらに差し出したままだった。
「本気、なのか……? シンケルス」
「ああ」
男が瞼をわずかに下げた。
「だから、どうか……受け取って欲しい」
「でも、でも……私なんか」
「それは言うな。もうお前は『なんか』をつけて語れるような人間じゃないんだぞ? 歴史的にも」
「え?」
「こちらの歴史データでは、古代帝国アロガンスの皇帝ストゥルトは、初期こそ地味な感じだったとはいえ、後期にあってはけっこうな『賢帝』として記録されている。大変な疫病による災害から、機転をきかせて多くの民を救った皇帝として、評価も高い」
「……はあ!?」
またもや素っ頓狂な声が出た。
なんだそれは。信じられない。
疫病というのは、要するにあのディヴェがばらまいた病気のことだろう。
「まあ、俺にとってはお前が皇帝として優秀だったかどうかは関係ない。そんなことはどうでもいいんだ。……ストゥルト」
「あ、うん……」
真摯な声で名を呼ばれて、こちんと固まる。
「もう一度言うぞ。……俺と結婚してくれ」
「…………」
なにも言えなかった。代わりに、何やらまた目元があやしくなってきた。喉が詰まって息苦しい。
「愛している。……そのままのお前を。だからどうか、受け取って欲しいんだ」
「っ……!」
もうだめだった。
あっという間に視界が歪んで、何もかも熱くぼやけた。
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