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第十二章 拓けた未来へ
2 未来への道筋
しおりを挟む「これで計画の多くは完了したと言えるな。どうだ?」
「そうだな」
「すでに私が、前回の人生で毒殺された時期は過ぎてしまったわけだが……この後はどうするんだ」
「そう、それなんだが」
いつものようにストゥルトの寝台に隣り合って座ると、シンケルスは話し始めた。
「皇太子がもう少し政治向きのことに慣れるまで待つ必要はあるが。ともかく、今後どこの時点で例の計画を実行するか。これはフォーティス閣下ともよく相談する必要がある」
「フォーティスか……。納得してくれるかな、あの御仁が」
「そう簡単には、無理だろうな」
「だよなあ……」
これは頭の痛いところだった。
シンケルスが以前に教えてくれた計画はこうだ。
最終的に誰がなるにせよ、まずは立派な皇太子を選び、育て上げる。その少年がちゃんとした後ろ盾を手に入れ、王座に就けるようになった時点で、ストゥルトはこの世を去る。それも、だれにも迷惑をかけない方法で。
なんとシンケルスたちの世界では、病死を装う薬もいくらでもあるのだそうだ。それを使って、ストゥルトはこの世界での自分の存在を終わらせる。つまり、前回は他人の意思で殺された皇帝が、今回は自らの意思をもって病死を装うわけだ。
死体がなくなっては怪しまれるので、そちらはそのままにし、シンケルスはストゥルトの意識、つまり記憶だけを持ち去って未来へ戻る。
そこには、あのクローン体のストゥルトがきちんと保管されているというのだ。
「いや。でも……その体は、そっちであれこれ研究される材料になるんじゃなかったのか」
当然ストゥルトはそう訊いた。
だが、シンケルスはこう言ったのだ。
「いや。今回もどってみてわかったが、今は俺がいた未来世界とはずいぶん様相が変わっているんだ」
「変わったって……どう?」
「つまり、ずいぶん余裕ができた。みなが滅びゆく地球を逃れる希望もでてきて、かなり楽観的になっている。人類の未来は、明らかに先細りではなくなったんだ」
「へえ……」
「それもこれも、まずはお前自身のお陰だ。だからお前は、未来の人々にとって感謝の対象でありこそすれ、研究のために搾取する対象ではありえなくなった」
「な、なるほど……?」
なんだかぴんとは来なかったが、シンケルスがそう言うのだから事実なのだろう。なんだかあちこちむず痒い気分になった。
「もちろん、古代人の遺伝形質についてはみなが興味津々ではある。みんな本物の古代人に会うのは初めての者ばかりだし、医療関係者はなおさらだ」
「う……やっぱり、そうなのか」
「ああ」
改めてそう言われると、やっぱり少し怖くなる。
「だが、ペンギン・チームとイヌワシ・チームの強い希望もあって、お前の意識があの体に移されるなら、きちんとお前の基本的な人権を守り、生活も保障してくれる。上層部はそう約束してくれた」
「ほんとうか!」
だから、と男はストゥルトをまっすぐに見て言ったのだ。
「俺と……来ないか。未来世界に」
ストゥルトがそれに、否やを言う理由などなかった。ただし、色々と不安はあった。前にシンケルス自身が「難しい」と言ったことは覚えていたからだ。
だがそれも、シンケルスの言葉でずいぶんやわらいだ。
「前はああ言ったが、お前が研究所でモルモットにされるなどという事態は決して起こらない。未来社会に順応するための教育も、かなりのところまで睡眠学習でも行えるようになっている」
「す、すいみんがくしゅう……??」
「無論、それだけでは人間をふさわしく教育することはできないんだがな」
よくよく聞いてみると、つまりそれは、眠っている間に多くの知識を頭の中に植え付ける形の教育だというのだ! ただ、人格形成の関係で、やっぱり人間の教え手の存在は無視できないのだという。
「そ、そんな都合のいいことがあるのか……? 未来には」
「お前にはさぞや胡散臭いほら話に聞こえるだろうが……事実なんだ」
「ふーん?」
「それに、未来人には非常に多くの知識を自分の頭で記憶することはさほど必要とされていない」
「え? なんでだよ」
「簡単なことだ。知識については、マザーAIに勝てる人間などだれ一人いないからだ」
「まざーえーあい……?」
それは要するに、《イルカ》に搭載されていた《アリス》の親玉みたいな存在なのだそうだ。人工知能の技術の粋を尽くした、未来社会をしっかりと下支えする巨大知識機構がそれだ。
「人間はむしろ、彼女──俺たちはそれを大抵女性形で呼ぶが──の知識、つまり情報をどう引き出し、どう組み合わせ、どう利用するかという技能のほうをより多く求められる。情報は、ただそこに《ある》というだけではなんの役にも立たない。それを役立てる人間の知恵と、独創性と、想像力が必要だ。なによりも、人々に益をもたらす、地に足のついた倫理観がなくては意味がない」
「ふ、ふーん……? わからない」
「……ああ。すまない」
苦笑したシンケルスがストゥルトを抱きしめ、口づけを落とし、衣服を脱がせていくのを黙って受ける。最後は大体、そんな感じでいつも会話が終わるのだった。
(だが……やっとここまで来た)
シンケルスに抱かれながら、ストゥルトはふわふわと夢心地になっていく。
あともう少しだ。
きっときっと、私たちの未来だって明るく開けているに違いない──。
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