愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

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第十一章 巡る時間

8 アテナ神殿

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 帝都ケントルムのすぐ脇には、小高い丘が存在する。それを回りこむようにして大河が流れ、海に注いでいる。
 その河を見下ろす形で、丘の上に建てられているのが女神アテナの神殿だった。

 駈歩かけあしに馬を進ませていくと、次第にその門前の状況が明らかに見えてきた。巨大な神殿を囲む高い壁。その大門はいましっかりと閉じられている。その前には警備の兵らが常に詰めているのだったが、いまや応援に駆け付けた兵も含めて数十名になっていた。彼らは槍を並べて、面前の群衆を威嚇している。
 遠目には、人々の群れは全体にくすんだ灰色のもやのように見えた。みな落ちくぼんだ黄色い、あるいは血走った目の周りを黒々と隈で覆い、一様に疲れ切った表情である。
 近づくにつれ、人々の哀れな叫びが切れぎれに耳に届きはじめた。

「どうか、お願いにございます」
「わずかなりとも、女神アテナ様への犠牲と祈りを捧げとうございます」
「このままでは、みなこの疫病で死んでしまいます」
「どうかお助けを。アテナ様のご加護を祈らせてくださいませ!」

 ストゥルトは馬の足を速めた。と同時にフォーティスが、戦場の隅々にまで響き渡るほどの胴間声どうまごえをあげた。

「控えよ! 控えよ! 皇帝陛下のお通りであるッ! 道を開けい!」

 えっ、と場の一同が驚いたのが肌でわかる。人々の驚愕は空気そのものを揺るがしたように見えた。
 人々は蟻の子が散らばっていくときのようにさあっと後ずさり、面前にまっすぐに道が開いた。ストゥルトはそのままそこへ突っ込んだ。

 神殿の門の前には数段の石づくりの階段がある。ストゥルトは下馬してすぐにその段にのぼると、皆を一度見回すようにした。フォーティスと近衛隊の面々が即座にその前を固め、ストゥルトを守る体勢になる。フォーティスを除き、兵らはみなすでに剣を抜きつれたり、弓に矢をつがえたりしていた。
 ストゥルトはそれに気づくと、さっと片手を上げてまず叫んだ。

「やめよ! 民らに武器を向けるな。剣をおさめよ。弓を下ろせ!」
「は、……はっ!」

 兵らと近衛隊の面々が一瞬戸惑った顔になったが、すぐに武器をおろした。槍を構えていた兵らも、体の横に石突いしづきを立てるいつもの姿勢に戻る。
 それを見て、民衆は殺気だっていた雰囲気をふっとやわらげたように見えた。無意識なのだろうが、自然としんと静まりかえり、ストゥルトに視線が集中してくる。

(シンケルス。……どうか、私に力を与えてくれ)

 ストゥルトは目立たぬように一度だけ呼吸を整え、きりっと顎を上げて皆を見た。ここまできたら、もうやることはひとつだ。かの男だって、きっとこうしたと思うことを、ただただ真摯にやるしかない。

「皇帝、ストゥルトである。どうか皆、少しの時間、耳を貸してくれ」

 一同がハッと緊張し、軽くざわめいた。

「え、皇帝陛下……?」
「本当にあの方が?」

 こんな感じの戸惑う声が、低いがはっきりと耳に届く。
 さらにこんな声もだ。

「いや、でも俺が知ってるお方ではないぞ、あれは。姿がちがう」
「いやいや。同じお方だよ」
「そうだな。髪の色、お目の色……遠くからだったが、俺が前にお見掛けした時と同じだぞ」
「そうよ、そうよ。あたしも見たことあるよ」
「ずいぶんとお痩せになったとは聞いていたが、こんなに変わっておられたとは──」
「な、なかなかお美しい方じゃないか。噂は嘘ばっかりだったのか……?」
「人の噂なんてもんは、どうせあれこれ余分な尾鰭おひれがつくもんさ」

 それがどんな噂だったのかは、わざわざ教えてもらうまでもない。ストゥルトは腹の中だけでこっそりと苦笑したが、気を引き締めて声を張った。

「皆が此度こたびの疫病で不安に思う気持ちは理解している。《神々の海》からやってきた魔人によって、この街には疫病のもとがばらまかれてしまった。医官らの報告によれば、それは恐らく、井戸を中心にばらまかれたものであるそうだ」
「な、なんと……」
「魔人だって? そりゃあ……」

 人々のざわめきがまた大きくなったが、フォーティスが片手を上げただけですぐに静まる。

「すでに布告を出したとおり、とにかく皆、生水には気をつけてくれ。必ず、しっかりと沸かした湯を使い、手や体や衣類を頻繁に清めよ。冷ましたいからといって、そこらの生水を決して混ぜるではないぞ。それでは沸かした意味がなくなるゆえな」

 ストゥルトは前に医官や兵らに布告した内容をまたここでもくり返した。民らは一様に固唾かたずを飲み、じいっとストゥルトの顔を食い入るように見つめている。
 当然、聞いているはずのことなのだが、なぜか「そんなことはじめて聞いた」と言わんばかりの者がけっこうな数でいるのが不思議に思えた。
 恐らく、連絡がうまくいっていないのだろう。このような混乱の中でもあり、無理もないことなのかもしれない。これは今後の課題になりそうである。

 民らには男もいれば、女もいる。老人も、幼い子どももいた。
 疲弊し、不安をいっぱいに浮かべた顔、顔、顔。
 そのどれもが薄汚れ、不健康に青白くまた黄色くなって、目ばかりぎらぎらと光らせている。
 不安なのだ。無理もない。
 周囲の人々が次々に謎の病で死んでいく、こんな過酷な状況である。

(これが我が民──)

 これが、自分が守るべき人々なのだ。
 ストゥルトは無意識に、服の上から胸元の赤いペンダントに触れていた。ペンギンの意匠の浮かんだ、未来人からもらったペンダントを。

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