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第十一章 巡る時間
3 攻撃
しおりを挟む「あたりまえでしょ? 生き物としての生存が掛かってるんだ」
少年はじろりとこちらを睨んだ。あのインセク少年とは比べるべくもない、情に薄くて可愛げのない視線だった。
「これでもそっちの必死さにくらべたらずっとマシだと思うよ? 僕らは時間の遡行なんて考えもしなかった。そこは素直に驚いたし、評価もしてる。素晴らしいハングリー精神だ。多少、やけくそ感はあるけどさ」
「あのなあ」
思わず脱力した。
こいつは、なにを楽しそうにおしゃべりしてるんだ。私と世間話でもしにきたつもりなのか?
「あれから色々記録を調べてみたけれど、あのシンケルスとかいう男、凄かったよね。あれだけ自分の身を挺して同族全体のために働けるもんなんだなって感心してさ。『敵ながら天晴れ』なんて言うらしいけど、まさしくそれだね」
「……やかましい」
口の中に苦いものが広がって、ストゥルトは唸った。胸の奥にある生傷が、またずきりと痛みを訴える。
まったく大きなお世話だ。彼のことをそんな風に上から評価するなと思った。そこにどんな痛みや悲しみが伴っていたかも知らないくせに。
シンケルスがどんな思いであの過酷な時間遡行を繰り返し、この時代で剣を取って戦い、時には死んで……そういうことを果てしなく繰り返してきたことか。彼はそうやって、やっと人類の未来をつかみ取った。
(だから、お前らなんかに邪魔させない)
ぎりりと奥歯を噛みしめる。
わかっているのかいないのか、少年は軽やかにけたけた笑った。
「なあんだよ。そんな怖い顔、しなくてもいいじゃない」
「ろくでもないな、お前。勝手なことをぺちゃくちゃおしゃべりするばかりで、結局、私の質問にはほとんど答えてないじゃないか。一体なにしに来たんだよ」
「なにをしに、って言われると困っちゃうけど。まあ、ここまで来ただけで僕の目的のほとんどは果たされたようなものだからね」
「なに?」
それはどういう意味なんだ。
頭の奥に、重い警鐘の音が鳴り響く。そんな錯覚をおぼえた。
頭の芯が鈍く痛む。
ストゥルトはじりっと一歩、少年に近づいた。
「陛下」
フォーティスが即座に片手でそれを制してくる。
少年はにやっと笑って、手にした銃を握り直した。ゆっくりとそれを持ち上げる。ストゥルトは思わず身構えた。
フォーティスを殺させるわけにはいかない!
が、周囲の柱や垂れ幕の陰に隠れている射手に合図を送るべく、手を挙げようとしたときだった。
少年が嘲るように言い放った。
「慌てるんじゃないよ。君たちを撃つ気なんてないんだからさ」
「な──」
「周りの兵士さんたちもだ。矢なんて無粋で不潔なものを僕に撃つなよ。いいかい?」
銃口がふわりと上がって、少年自身のこめかみに当てられる。
ストゥルトはぎくりと停止した。
(まさか──)
「いい子だから、黙って見てなよ」
「やめっ……!」
止めようと片手をあげかかったところで、あっさりとすべてが終わった。
少年は無造作に、ぱすんと自らの頭を打ちぬいた。
光の帯が少年の頭をまっすぐに貫いたと思ったら、にっこりと笑った綺麗な顔はそのままに、体が変にぐらりとゆらぎ、やがて斜めに傾いでねじれ、ゆっくりと倒れこんでいく。
「ディヴェ……!」
すぐに駆け寄ったが、もう遅かった。
フォーティスが少年に触れようとしたストゥルトを制し、彼の首のあたりに触れる。そして重々しい表情のままゆっくりと首を横にふった。
少年は楽しそうな笑みを浮かべて目を半ば開いた顔で、とっくにこと切れていた。
(なんてことだ……)
「いったい何をしに来たんだ、こいつはっ!」
思わず口から出た怒声は、どうしようもなく震えていた。
(いや……落ちつけ)
配下の者たちが聞いている。皇帝たる者がこんなことでいちいち動揺を見せてはならない。わかっている。
わかっているが、どうしようもなかった。
自分の勘なんて信じている方ではなかったけれど、少年が死んだ今でもいやな予感は続いている。頭痛はむしろいっそうひどくなった。
こいつは「やるべきことはここへ来るまでに終わっていた」と言った。
では一体、なにをしてきたと言うのだろうか……?
いやな汗とともに重い沈黙が、謁見の間をねっとりと満たしていた。
◆
少年の姿をした生き物の謎の台詞の真意がわかったのは、それから十日あまりもあとのことだった。
最初は小さな変化だった。ゆえに、一手も二手も対処が遅れた。
帝都ケントルムとその周辺で、少しずつ奇妙な疫病が流行し始めたのである。
今や各地に設立されている医療院の総責任者を務めるまでになった医師ドゥビウムが、皇帝への謁見を求めてやってきたときには、事態は相当なところまで進んでしまっていた。
そのとき御前会議の間には、宰相スブドーラをはじめとする貴族の面々、さらにその補佐である文官や武官や侍従たち、近衛隊の兵士らがうち揃っていた。
「最初は、例年の風邪の症状が少し重いものに過ぎぬと思われたのです。しかし……」
ドゥビウムの顔色はよくなかった。
最初は確かに、放っておけば治るような軽い風邪の症状に似ているのだという。だがやがて患者はひどく嘔吐して水のような便をするようになり、そこからはあっというまに衰弱して死に至るというのだ。体じゅうに赤黒い模様がうかぶと、それが最期のしるしなのだという。
ケントルムの外郭あたりにひしめく貧民街を中心に、患者はどんどん増えているらしい。
「いずこよりか、わが国に病気のもとになるものが侵入したものと思われます。飲み水によるものか、食材か、はたまた人を介して広がるものかは、まだはっきり致しませぬ」
「なんと……」
御前会議の面々が青ざめた。
報告を聞いているうちに、ストゥルトも背中にうそ寒いものを憶えて身を震わせた。すぐ後ろに立つフォーティスも、ずっと厳しい顔つきのままである。
「みなさまもご存知のとおり、我が国はもともと交易の盛んな国であり、人の往来も多く、こうした流行病には何度も見舞われているのですが──」
うむ、と貴族のうち数名がうなずいている。
実際、流行病は恐ろしい。歴史上、これが理由で滅んだ都市などいくつもあるのだ。
ストゥルトは玉座の手すりを砕けんばかりに握りしめた。
(やってくれたな……ディヴェめ!)
そうだ。
これが奴らの攻撃だったのだ。
要するに、こうして恐るべき流行病でこの都市を襲い、人間を今のうちに、なるべく間引こうというのだ……!
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