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第十章 逡巡
9 再来
しおりを挟むスブドーラの長子は、名をオビディエといった。
現在十二歳とのことであり、二年後に成年の儀を迎える。考えてみると、自分が何者かによって毒殺された時期が、この少年の成人式のころに重なるはずだった。
スブドーラ本人による触れ込みによれば、少年は非常に優秀で文武両道にすぐれ、性格は温厚、なおかつ聡明とのことだった。だがまあ、それには親の欲目もあるだろう。ゆえに一応ストゥルトはフォーティスや耳の早い女たちからも情報を得たのだったが、周囲の評判からしてもスブドーラの言にくらべてさほどの齟齬はないようだった。
父親とよく似た黒髪を持つものの、少年の顔つきは父とは正反対の穏やかで落ち着いたものに見えた。恐らく母親似なのであろう。
「帝国の太陽にご挨拶を申し上げます。宰相スブドーラが一子、オビディエと申します。以後、どうぞよろしくお願い申し上げます」
緊張のため、声と身のこなしに多少の硬さはあったものの、少年は十分にストゥルトの眼鏡にかなった。非常に利発そうに見えるうえ、父親にはまったく似ず、とても可愛らしい少年である。
だが、必ずしもこの少年を養子に迎えるということではない。今後何かがあったときのため、候補者は何名もいる必要があるからだ。
ストゥルトはそのまま、以前から計画していた通りに、この少年をはじめとするスブドーラの息子たち、およびその他の貴族の子弟たちを集めて特別な教育を施す機関の設立に着手した。
優秀な教師を揃え、等しく高度な教育をする。少年たちはそこで切磋琢磨し、皇帝自身と複数の教師たちからもっとも優秀と評価された者が皇帝の養子となって、次期皇帝の座を射止めるのだ。
もちろんこういう場合、水面下で他人の足を引っ張ろうとする者は必ず出るだろう。良い意味での切磋琢磨がある裏で、想像したくもない醜い争いが起こるは必至。それはこの世のならいだからだ。特にスブドーラの子息らは当然、そうした汚いいやがらせの標的になりやすいと思われる。
ゆえにストゥルトは事前に布告を出すことにした。
すなわち、教育機関内には皇帝の息のかかった調査員が必ず常駐すること。
もしも不当に他の候補者に嫌がらせをしたり、怪我をさせるなどの妨害行為が確認された場合、以降、首謀者の子どもは候補者から外される。
その上、親である貴族も降格や最悪の場合は領地没収などの厳しい措置を覚悟せよ、という布告だった。
これらを考えるにあたっては、フォーティスが大いに力を貸してくれた。彼の知人には信頼できる武人や文官が数多くいる。それらのうち、特に優秀な者を集めてこの教育機関に常駐させることになったのだ。
「ありがたい。さすがそなたの人脈だ。これぞ人徳というものよな。礼を言うぞ、フォーティス」
「なにをおっしゃいますか。これは次期皇帝陛下を選抜する、なにより重要な機関にございます。いかなる不正も許されるべきにはございませぬゆえ」
「そうだな。そなたの申す通りだ」
ストゥルトはひとまず安堵の息をついた。
もちろんこれで終わりではない。なすべきことはまだまだ山ほど残っている。このことばかりではなく、政務においてなすべきことは山積みの状態なのだ。
(見ていてくれよ。シンケルス)
こうやって、帝国を平和裏に長く保たせる。英明な皇帝を戴けば、すなわち国政の安定と民の安寧につながるはずだ。それがひいては文化・文明を花開かせて未来への道筋を明らかにするだろう。
きっと、きっと。
そうやって、お前たちの時代へとつなげてみせる。
それが唯一、今のお前と私をつなげているものだから──。
◆
だが。
それはいきなり始まった。
それは、帝国アロガンスがこうして決して平坦ではないものの、希望に満ちた船出をした矢先のことだった。
汚れはてたボロを纏い、いまにも行き倒れそうなやせ細った少年が、ケントルムの王宮の門の前に現れたのだ。
少年は傲慢にも、門を守る衛兵に「皇帝陛下にお目通りを」と言い放ち、おのれの名を名乗ったという。
普段であればそんなものは、槍で追い払うのが通例だ。だが、衛兵らは困惑した。その少年に見覚えがあったからである。
汚れて塵芥にまみれたぼうぼうの髪は、もとはどうやら銀色であるようだった。泥にまみれた真っ黒な顔の中で、そこだけ妙にぎらぎらと光っている瞳。それは紫色をしているという。
その報せを受けた時、ストゥルトは思わず隣のフォーティスと目を見合わせた。
(まさか──)
鼓動が自然と早くなる。
知っている。これは「虫の報せ」というやつだ。
少年の名はもちろん、知っていた。
今まで自分自身も名乗ったことのある名であった。
門の外に現れた小汚い少年は、ひとこと、こう言ったというのだ。
「インセクだ。皇帝にはそう言えばいい」と。
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