愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

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第十章 逡巡

8 傷心

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 それからの十日あまり、自分がどう過ごしていたのかを、ストゥルトはほとんど記憶していない。寝室から一歩も出なかったことだけは確かだけれど。
 恐らくは日がな一日ぼんやりと寝台の上にいて、フォーティスや側仕えの女たち、侍従たちを心配させていたことだろう。だが自分が何を食べ、何を見、なにをしていたのか、まったく覚えていないのだ。
 ただただぼんやりと、日が昇って沈んでいき、月と星が中天を横切ってくるりと回っていくのを見ていただけのような気がする。昼夜を問わず、ときどきうつらうつらと眠り、寂しい夢か何かを見て泣きながら目を覚ます。そんなことの繰り返しだった。

 本来、体が治ればすぐさま執務に取り掛かるべきだった。自分は皇帝なのだから。そしてそれを、レシェントやシンケルスだって期待してくれていたのだから。だが理性では分かっていても、体はどうしても言うことを聞いてくれなかった。
 フォーティスはストゥルトの心身を心配しつつも、「まだ病み上がりであらせられるので」と、見舞いという名のにやってくるスブドーラたちを追い払ってくれていた。
 こんな状態でいるものだから、スブドーラの息子を皇帝の養子候補にするという話もいったん棚上げの状態になっている。

 実はあれから五日ほどして、レシェントからペンダントに連絡が入った。意識の交換を行って以降、ストゥルトの体に異変が起こっていないかどうかの最後の確認のためだった。

《イヌワシ・チームのほうの作戦は完遂したそうだ。地球上に、もうあの異星生物どもは存在しねえ。やつらが残していった例の島々の巨人やら海の中のバケモノなんかも、ぜんぶきれいに駆逐したとよ。もう心配は要らねえだろう》

 ペンダントから聞こえるレシェントの声は、なんだかひどく優しくて、妙に淡々と聞こえた。
 シンケルスはあれからずっと《イルカ》で眠らされたままらしい。魂の抜け殻となったストゥルトのクローン体とともに、そのまま未来へ戻るという話だった。

《起きたらぜってー激怒すんぜー、あいつ。ま、パンチの二、三発ぐらいは覚悟してっけどよー》

 わざとらしくうんざりした調子でそう言って、男は明るくけたけた笑った。
 「じゃあな、元気で」と言った声音も、ごくさらりとしたものだった。

 それが本当の最後になった。
 それからうんともすんとも言わなくなり、ただのペンダントになってしまった赤い石を握りしめて、ストゥルトは寝具にもぐりこみ、声を殺してひっそりと泣いた。
 
 それからしばらく、呆然と日々を過ごした。
 が、いつまでも病人のように暮らしているわけにはいかなかった。フォーティスや女たちは、ストゥルトがこれで本当に病みついてしまうことを何よりも心配していたからだ。

「さあ、今日からはどうか、朝の鍛錬をなさいませぬか。最初は軽くで構いませぬ。体を動かしておりさえすれば、心にかかる雲も少しは晴れると申すもの」
「陛下、お食事は少しでも召し上がっていただきませんと……わたくしどもが宰相閣下から叱られます」

 みんなして入れかわり立ちかわりやってきては、こんな感じでどうにかしてストゥルトを寝床から追い出し、食事をさせ、少しでも人間らしい生活をさせようとする。
 目を真っ赤に泣き腫らしてボサボサの頭のまま過ごしている皇帝を見て、事情などまるで知らないはずの女たちですら、なにかを勘づいているようだった。
 みなの気持ちはありがたかった。ほんとうに、心から。それに、嬉しい気持ちも確かにあった。以前の自分であったなら、こんなふうに親身に心配してくれる者なんているはずがなかったから。
 だが、今はただ「放っておいてほしい」というのが本音だった。

 しかし十日目の朝、ストゥルトは遂に業を煮やしたフォーティスに寝台からひきずりだされてしまった。それでもしばらく寝具にしがみついて抵抗していたストゥルトだったが、やっと体を動かそうという気になったのは、初老の武人のこの一言によるものだった。

「さあ、いい加減になさいませ。これでは自分は、あのシンケルスに顔向けができませぬ」

 さすがにこれは効いた。
 フォーティスの言うとおりだ。こんな自分を目にしたら、あの男はさぞやがっかりするだろう。自分を置いて未来へ戻ってしまったことを、心から後悔するかもしれないではないか。
 しかたなく、寝台からのそのそと這いだして身づくろいをするほかなかった。

 いつものように稽古着に着替えて、早朝の鍛錬を行う練習場に出る。日の出まで少し間がある時間帯の空気は爽やかで、初夏ではあるがまだ涼しかった。
 事情を理解しているフォーティスは、以前あのインセク少年の体だった時の訓練に準じて、比較的軽いものから鍛錬を始めてくれた。
 柔軟運動をしてから基礎的な体づくりの運動。それから長い木剣を使っての素振り。それだけでも十分にきつかった。長い間眠りつづけて動かしていなかった体は正直だった。動かすとあちこちが、まるで老人のそれのようにぎしぎしきしんだ。

(こんなことじゃ、また叱られるな──)

 苦笑しかかり、ハッとする。
 インセク少年だった時、あまりに厳しい訓練のため文句と泣き言をいいまくり、「地底の鬼め」とうらめしく思った男はもうここにはいない。クソ真面目な顔のまま真摯に叱ってくれる、あの厳しくて優しい顔は、もう二度と見られないのだ。もう二度と。

(ああ……ダメだ。思い出すな)

 考えてしまうと、また心が弱くなる。この場にしゃがみこんでしまいそうになる。
 こんなことではいけないのに。
 目尻ににじみそうになるものをこらえて唇を噛み、素振りを続ける。だが、フォーティスはこちらの心が手に取るように読めるらしかった。

「どうか集中を。今はただ、ひたすらに剣のことのみをお考えなさいませ。心を無になさいませ」

 そう、何度か声を掛けられた。
 
 ひと通りの訓練が終わり、座って汗を拭いていると、いつのまにか練習場の脇に宰相スブドーラがやってきていた。今日こそは息子を皇帝に引き合わせようという算段なのであろう。
 男が慇懃いんぎんに並べ立てる「帝国の太陽にご挨拶を」といういつもの決まりきった挨拶を聞き流し、ストゥルトは苦笑しつつ言ってやった。

「長い間すまなかったな、スブドーラ。本日こそは、そなたの自慢の息子の顔を拝ませていただこう」

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