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第八章 変転
7 未来人の作戦
しおりを挟む彼らの説明はこうだった。
宇宙からきた謎の生命体による歴史への干渉を知ったエージェントたちは、即座にその情報を本部へ伝え、対策を練った。こうした場合のため、人間は未来へ戻れないものの、情報だけなら伝達できる技術がすでに発明されていたのだという。
そこからどういう歴史が積み重なったかは割愛するが、とにかくずっと先の未来の姿がずいぶん変わったというのである。
「少なくとも、邪魔者の正体とかれらが邪魔をしている方法がある程度特定できたのは大きかったのですよ。情報があればあるほど、こちらは対処しやすくなる。当然ですけれどね」
説明の大部分を担ったのは、本物のリュクスだった。
「各時代を訪れて活動しているエージェントたちにも、この情報は知らされました。そして僕ら未来の者は、彼らに対処する機材やシステムの開発に力を入れることになりました」
「実際の時間軸は別でしたが、僕らはこちらへ再びエージェントを送り込むことに成功しました。もちろん、開発した様々なシステムや道具を持ってね」
「じゃあ、あの……火山の噴火は?」
「そう、それなんですよ」
リュクスはにこりと笑うと、テーブルの上に例の光る画面を開いて画像が見えるようにした。そこにはあの火山のある島の様子が映し出されていた。前にも見せられたことがある画像だ。
「奴らを叩くためには、できるだけ古い時代がよいというのは本部の一致した意見でした。この時代よりも古い時代に戻ることも検討されたのですが、それをやってしまうと、人類の歴史に与える影響が多大になりすぎるかもしれないということになりました」
「影響が大きくなる? どうしてだよ」
「まあ、簡単なことなんですけれどね」
リュクスは細めの目をさらに細くした。
「まだ『人間』にもなりきっていない頃の人類の祖先は、とてもひ弱な生き物でした。爬虫類である巨大な生物が地上をのし歩いていた時代には、ちいさなネズミに似た生き物の形をしていて、森の中に隠れ住んで生きていたと言われています」
「へえ……? ネズミだって?」
「ええ。びっくりするでしょうけれど、そうなんですよ。それから少しずつ環境に適応したものが生き残り、今の人間の姿になってきました」
「へー!」
それは初耳だ。
人間というのは、そうやって形を変えながら続いて来た生き物なのか。
それでは神話の世界の「神々から生まれた」とかなんとかいう話は、まるきり人間によるつくり話ということになるのだろうか?
あれこれと考えるうちにも、リュクスの話はつづいている。
「さらにその前ということになると、もっと難しい。ちょっとした影響で、人類そのものが生まれてこないなんていう悲劇にもつながりかねない。それでは本末転倒です」
「ふーん。そりゃそうか」
「と、いうことで、僕らはこの時代に狙いを定めた。ある程度人類が地球上に増えて広がり、一気に絶滅などはしないだろうと思われる時代。かといって、あまり科学が発展しておらず、比較的僕らが動きやすいと思われる時代。人々は船や動物を使って長距離を移動し、何かが起こった場合にもある程度逃げることが可能。そういう時代だと判断したわけです」
「んー。まあいいや。どっちみち、そのへんは聞いたってよくわからないし。で? 《火の島》をどうしたんだよ」
「はい。こちらをご覧ください」
ぐっと画像が大きくなって、火山のある島の中身が透けたような絵に変わった。前にシンケルスと一緒に入った洞窟の入り口らしい穴から、地面の中に細い通路がおりていき、その下に大きな空洞があるのが見える。
そこからぐっと下ったさらに地下深い場所には、夕日のような色をしたうねうねと光る巨大な流れが見えた。
「この空洞が、要するに敵の中枢部です。その下にあるオレンジ色のものは地下のマグマ……といってもわかりませんね。岩が非常な高温でどろどろに溶けたような部分です」
「ええっ? 地下にはそんなものがあるのか」
「そうです。このマグマが地球内部の活動によって噴火口から噴き出すのが火山噴火ですね。……で、僕らはこう考えた。ここをほんの少しだけ刺激することで、彼らの本拠地をつぶせないかと」
「なんだって……!?」
「もちろん、ほんのちょっぴりです。あまりひどい噴火を引き起こしてしまうと、周辺に住んでいる人間や動植物にも大きな影響が出てしまいますからね。歴史にも大いに関わってしまうことになるし」
「そ、そりゃそうだ! でも本当にそんなことができるのか?」
「噴火を引き起こすポイントをよく調べておけば、誘発は意外と簡単なのですよ。未来の僕らは地熱を利用したエネルギーも使っていたので、技術は十分もっていました」
「うーん……?」
またよくわからない単語がずらずらと並び始めた。
が、ストゥルトはある程度以上を理解することは放棄した。
実際、そんなにこだわることはない。とりあえず今は、自分に直接関係のある情報だけがわかればいいのだ。
「結論から言いますと、作戦はおおむね成功しました。未来の僕らは徹底的に奴らの介入を退けていたので、作戦が事前に漏れることもなかった。エージェントが前の僕のように脳を乗っ取られることもありませんでしたし」
「ふーん」
「で、先日遂にその作戦を実行しました。それが、あの火山噴火というわけです」
「……ふう」
なんだか頭がくらくらしてきて、ストゥルトはため息をついた。与えられる情報が多すぎてついていけない。すでに頭の中がぐちゃぐちゃだ。
隣からシンケルスがさりげなくお茶のカップを差し出してきたので、ありがたくひと口いただく。今は彼らが《コウチャ》と呼ぶ、甘みのない茶だった。
「それで? あいつらは全滅したのか」
「それが……そうはいきませんでした」
「そうなのかよ!」
なんだ、がっかりだ。
体じゅうでそう主張してしまったストゥルトを見て、リュクスは軽く苦笑した。
「おおむねは成功した、とは言えるのですよ。でも、いかんせん討ち漏らしが出てしまった。まあ想定内ではありましたが」
「討ち漏らしだと? どういうことだ」
《火の島》の地下にあったのは、数知れない奴らの本体だった。それらはほとんどが凍結された状態で保存されており、実際に地上で活動していたのはごく一部であったらしい。
もともと彼らは地球の環境にあまり適応できておらず、だからこそ人間の脳を乗っ取ることで人類の歴史に介入していたのだ。その作戦がうまくいき、地球上を彼らにとって快適な状態にできた暁には、全員が表に出てくる予定だったということだろう。
「奴らだってバカじゃありませんからね。何通りかの予想をたてて、火山の地下基地がダメになった場合など、何通りもシミュレーションして必ず潰しがきくようにしていたということです。当然の処置ですね」
「じゃあつまり、逃げたやつらがいるんだな? どのぐらいだ」
「実数はわかっていませんが、数百匹にもならないだろうというのが《アリス》の予想です。動いていた連中だけでなんとか脱出し、場所を変え、また別の基地を作るつもりではないかと」
「あるいは、すでにもう作ってあるかだな」
口を挟んだのはシンケルスだった。
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