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第八章 変転
4 耳飾り
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シンケルスは座ったままの姿勢でフォーティスに深々と頭をさげた。そしてあらためてこちらを向いた。
「さて。ここからは陛下のご質問にお答えします」
「ああ、うん。で、どうなったんだインセクは。ディヴェのやつは……?」
シンケルスの話をまとめると、こうだった。
あの後、予定通りシンケルスはインセク少年を伴って《イルカ》へ戻った。実をいえばシンケルスたちはそこでひと悶着あることも予想して準備もしていたのだったが、ディヴェは意外と素直に《意識交換》に応じ、インセクはあっさりともとの体をとりもどした。
そのまま、すでにレシェントが見つけ出してくれていた部族の生き残りが隠れ住んでいる土地へ、少年を送って行ったというのである。
「いや、ちょっと待て。本当にそれで大丈夫だったのか。先日、リュクスが私に脅しをかけてきたぞ?」
「なんですと?」
二人の武人がほぼ同時にぎらりと殺気を漂わせる。ストゥルトは二人に、先日リュクスが自分に対して言ったことをそのまま教えた。つまり彼らにとってまずい行動をとろうとするとひどい頭痛に襲われ、最悪、死を招くと言われたことをだ。
二人は明らかに気色ばんだ。
「なんと……恐れを知らぬとはまさにこのこと」
まずフォーティスが言う。それを受けたのはシンケルスだ。
「まことに。と言いたいところですが、奴らの恐るべき抜け目なさと科学力からすれば当然の仕儀ではなかったかと」
「まあ……そうなんだよな」
ストゥルトはうなずいた。
自分だって、ある程度のことは覚悟もしていたし予想もしていた。あんな奴らが、この自分にあんなに簡単に健康な体を提供してくれるなんて都合のいい話があるはずがなかったのだ。奴らの目的は最初から、アロガンスの皇帝を自分たちの傀儡にすることだったのだろう。
「で、インセクはそういうことはなかったのか? あの子が異星人にとってまずい行動をしたらひどい頭痛がして、そのままでは死んでしまうというような」
「今のところ、そうした兆候はなにもございませぬ。特に警告もありませんでした。まあ地方の一部族の族長を傀儡にしてみたところで、奴らにとってのうま味は少ない。そういう判断なのではないかと。とはいえ安心はできませぬが」
シンケルスはフォーティスの前だからなのか、再会してからずっとこの口調を崩さない。そこがなんとなく不満だったが、今は飲み込むことにした。
「そのリュクスが、未明に自殺を図って死んだということはすでに知っております。それもあってこうして急ぎやって参りました。あれには例の火山噴火の件と大いに関係があるかと」
「やっぱりそうか!」
思わず身を乗り出した。
「はい。あれから、実は大いに事態が変化しました。未来が大きく変わったのです」
「なんと。未来が……? まことかっ!」
シンケルスがしっかりと頷きかえしてくる。
「はい。まずはそこから、おふたりにご説明せねばなりません」
続く話は驚きの連続だった。
どうしても理解が追いつかないフォーティスのため、しばしば付随する説明をしなくてはならなかったが、大体の流れはこのような感じだ。
まず、ここから繋がる未来に大きな変化が生じた。
そのきっかけは、もちろんシンケルスたちがディヴェたち異星生物の存在と地球の歴史への介入に気付いたことだ。ここから未来人たちは、異星生物への対処を計画に組み込むことに着手したのだ。それはあらゆる世界線、あらゆる時代へと広がったという。
ひと言でいえば簡単に聞こえるが、これはもちろんそんなに簡単なことではなかった。そこは容易に想像がつく。
「身近なところでは、まず奴らが使う《羽虫》への対処です。調査したところ、奴らはあれを使うことで、多くの政府の中枢へもぐりこみ、歴史に介入していました。まずはあれを排除することが必須です。蚊や虻などの虫を駆除するための煙などでは、奴らの《羽虫》は防げませぬ」
「そりゃそうだろうな」
「リュクスがそうであったように、我ら《エージェント》の頭の中にまで侵入され、都合よく操縦され、こちらの計画まで知られたのではまったくなすすべがない。これでは奴らのやりたい放題だ。これが最大の問題でした」
シンケルスは具体的にどんなしくみかまでは説明しなかったが、要するに奴らの《羽虫》がだれかの身辺に近づくと自動的にそれを察知し、排除する装置が発明されたというのである。
「こちらがそうです。未来からこちらへ新たに送られた《エージェント》が持ち込みました」
言ってシンケルスが自分の耳を指し示した。ストゥルトが近づいてみると、その縁に小さな耳飾りがついていた。ごく小さな筒状のもので、銀色をしている。一部に切れ目が入っており、そこを耳の縁に沿わせて押しこみ、装着するもののようだ。
このぐらいなら、少し髪を長めにしていれば隠れて見えにくくなるだろう。短髪のシンケルスでは無理だけれど、自分なら十分に隠れる範囲だ。
「陛下とフォーティス閣下にも、ただいますぐに装着していただきたい。リュクスのような悲劇は二度と起こしたくありませぬゆえ」
「な、なるほど」
「そうか。了解した」
言われて二人はそれぞれに耳飾りを受け取ると、シンケルスの言葉に従ってそれを自分の耳に装着した。どちらでも構わないということだったが、ストゥルトはシンケルスに倣って左の耳につけることにした。
「だけど、シンケルス。私の脳内に仕掛けられたものはどうする? 頭痛がして死に至るとなれば、今後、そんなに大々的に動くことは難しくなると思うんだけど」
「左様にございますな。……それについても、少し考えがございまして」
相変わらず堅苦しい言葉遣いのまま、シンケルスはそばの皇帝の寝台を指し示した。
「あっ! え……? どういうことだ!」
ストゥルトは息を呑んだ。
そこにはなんと、先ほどまではいなかった人物が横たわっていたのである。
「な……なんと」
フォーティスも言葉を失って、寝台上の人物を凝視していた。
そこに寝ている人物。
それは、意識をなくした状態の本物の「皇帝ストゥルト」だった。
「さて。ここからは陛下のご質問にお答えします」
「ああ、うん。で、どうなったんだインセクは。ディヴェのやつは……?」
シンケルスの話をまとめると、こうだった。
あの後、予定通りシンケルスはインセク少年を伴って《イルカ》へ戻った。実をいえばシンケルスたちはそこでひと悶着あることも予想して準備もしていたのだったが、ディヴェは意外と素直に《意識交換》に応じ、インセクはあっさりともとの体をとりもどした。
そのまま、すでにレシェントが見つけ出してくれていた部族の生き残りが隠れ住んでいる土地へ、少年を送って行ったというのである。
「いや、ちょっと待て。本当にそれで大丈夫だったのか。先日、リュクスが私に脅しをかけてきたぞ?」
「なんですと?」
二人の武人がほぼ同時にぎらりと殺気を漂わせる。ストゥルトは二人に、先日リュクスが自分に対して言ったことをそのまま教えた。つまり彼らにとってまずい行動をとろうとするとひどい頭痛に襲われ、最悪、死を招くと言われたことをだ。
二人は明らかに気色ばんだ。
「なんと……恐れを知らぬとはまさにこのこと」
まずフォーティスが言う。それを受けたのはシンケルスだ。
「まことに。と言いたいところですが、奴らの恐るべき抜け目なさと科学力からすれば当然の仕儀ではなかったかと」
「まあ……そうなんだよな」
ストゥルトはうなずいた。
自分だって、ある程度のことは覚悟もしていたし予想もしていた。あんな奴らが、この自分にあんなに簡単に健康な体を提供してくれるなんて都合のいい話があるはずがなかったのだ。奴らの目的は最初から、アロガンスの皇帝を自分たちの傀儡にすることだったのだろう。
「で、インセクはそういうことはなかったのか? あの子が異星人にとってまずい行動をしたらひどい頭痛がして、そのままでは死んでしまうというような」
「今のところ、そうした兆候はなにもございませぬ。特に警告もありませんでした。まあ地方の一部族の族長を傀儡にしてみたところで、奴らにとってのうま味は少ない。そういう判断なのではないかと。とはいえ安心はできませぬが」
シンケルスはフォーティスの前だからなのか、再会してからずっとこの口調を崩さない。そこがなんとなく不満だったが、今は飲み込むことにした。
「そのリュクスが、未明に自殺を図って死んだということはすでに知っております。それもあってこうして急ぎやって参りました。あれには例の火山噴火の件と大いに関係があるかと」
「やっぱりそうか!」
思わず身を乗り出した。
「はい。あれから、実は大いに事態が変化しました。未来が大きく変わったのです」
「なんと。未来が……? まことかっ!」
シンケルスがしっかりと頷きかえしてくる。
「はい。まずはそこから、おふたりにご説明せねばなりません」
続く話は驚きの連続だった。
どうしても理解が追いつかないフォーティスのため、しばしば付随する説明をしなくてはならなかったが、大体の流れはこのような感じだ。
まず、ここから繋がる未来に大きな変化が生じた。
そのきっかけは、もちろんシンケルスたちがディヴェたち異星生物の存在と地球の歴史への介入に気付いたことだ。ここから未来人たちは、異星生物への対処を計画に組み込むことに着手したのだ。それはあらゆる世界線、あらゆる時代へと広がったという。
ひと言でいえば簡単に聞こえるが、これはもちろんそんなに簡単なことではなかった。そこは容易に想像がつく。
「身近なところでは、まず奴らが使う《羽虫》への対処です。調査したところ、奴らはあれを使うことで、多くの政府の中枢へもぐりこみ、歴史に介入していました。まずはあれを排除することが必須です。蚊や虻などの虫を駆除するための煙などでは、奴らの《羽虫》は防げませぬ」
「そりゃそうだろうな」
「リュクスがそうであったように、我ら《エージェント》の頭の中にまで侵入され、都合よく操縦され、こちらの計画まで知られたのではまったくなすすべがない。これでは奴らのやりたい放題だ。これが最大の問題でした」
シンケルスは具体的にどんなしくみかまでは説明しなかったが、要するに奴らの《羽虫》がだれかの身辺に近づくと自動的にそれを察知し、排除する装置が発明されたというのである。
「こちらがそうです。未来からこちらへ新たに送られた《エージェント》が持ち込みました」
言ってシンケルスが自分の耳を指し示した。ストゥルトが近づいてみると、その縁に小さな耳飾りがついていた。ごく小さな筒状のもので、銀色をしている。一部に切れ目が入っており、そこを耳の縁に沿わせて押しこみ、装着するもののようだ。
このぐらいなら、少し髪を長めにしていれば隠れて見えにくくなるだろう。短髪のシンケルスでは無理だけれど、自分なら十分に隠れる範囲だ。
「陛下とフォーティス閣下にも、ただいますぐに装着していただきたい。リュクスのような悲劇は二度と起こしたくありませぬゆえ」
「な、なるほど」
「そうか。了解した」
言われて二人はそれぞれに耳飾りを受け取ると、シンケルスの言葉に従ってそれを自分の耳に装着した。どちらでも構わないということだったが、ストゥルトはシンケルスに倣って左の耳につけることにした。
「だけど、シンケルス。私の脳内に仕掛けられたものはどうする? 頭痛がして死に至るとなれば、今後、そんなに大々的に動くことは難しくなると思うんだけど」
「左様にございますな。……それについても、少し考えがございまして」
相変わらず堅苦しい言葉遣いのまま、シンケルスはそばの皇帝の寝台を指し示した。
「あっ! え……? どういうことだ!」
ストゥルトは息を呑んだ。
そこにはなんと、先ほどまではいなかった人物が横たわっていたのである。
「な……なんと」
フォーティスも言葉を失って、寝台上の人物を凝視していた。
そこに寝ている人物。
それは、意識をなくした状態の本物の「皇帝ストゥルト」だった。
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