95 / 144
第八章 変転
2 転落
しおりを挟む男はわずかに目を細めて、ストゥルトの心の奥底まで見通すようにじっと見つめてきた。
「陛下。どうやらあなた様には、自分にお話しくださっておらぬことが非常にたくさんおありのご様子」
うぐ、と喉がつまった。この男はきっと、自分が思っている以上のことをとっくに見通している。そんな気がした。
「自分がお聞きするのはまずい話にございますか。ならば無理にはお聞き致しますまい。自分は陛下の単なる護衛にすぎぬ身ですゆえ」
「…………」
「ですが。シンケルスがそのようにせよと申しましたか。自分にその話はするなと?」
「いや……そうではないが」
年は親子ほども離れているものの、彼らは十年以上におよぶ知己であり、非常に近しい戦友だ。こんな風に距離をおかれ、秘密を持たれるのはこの男にとって決して面白いことではないだろう。
もしも自分が同じ立場だったなら、とっくに叫び散らかして大暴れをしてしまっているかもしれない。自分だけが蚊帳の外に置かれているというのは、それほど寂しくいたたまれない気持ちがするものだから。
(だが……どうする? この男に話してしまっても大丈夫なのだろうか)
いや、それはできない。少なくとも今はまだ。
そもそも未来がどうの、人類の滅亡がどうのと、よくわかってもいない自分が説明するというのも不安が大きい。きっとしどろもどろで何が言いたいのかわからない話になってしまうだろう。まして、自分たちの周りに人間とは別の敵が常に潜んでいたのだなどとこの男に説明するのか? この自分が。
(いやいや。無理だって!)
とてもではないが自信がない。
だがこの男なら、その素晴らしい胆力と深い洞察力とで事態をはっきりと理解してくれるやも知れぬ。知っておいてもらえれば、今後はいままで以上に自分たちの力にもなってくれるにちがいない……。
(ああ、しかし──)
頭のなかがぐるぐると同じところを回るばかりで、ストゥルトはどうしても結論に至ることができなかった。それでとうとう、肩を落としてがっくりと頭を垂れた。
「すまぬ……。今はどうか、見逃してはくれまいか」
男は鋭い視線でストゥルトの足を床に縫い留めたままである。
「本当にすまない。だがこれは、私だけでは到底決めかねることなのだ。もしもシンケルスが良いと言うなら必ず話す。あれは無事であることが、たったいま確認された。……この、ペンダントで」
首から赤い石の光るペンダントを持ち上げて男に見せる。男の目がすっと細くなってじっくりとそれを観察する色になった。
「きっと近いうち、あの男自身がそなたと直接話をすることになるだろう」
「まことにございますな」
「ああ。言ったとおりだ。シンケルスは生きている。生きているなら、必ず私のもとへ戻ってくる。……あれがそう約束したのだから」
最後は完全に自分に言い聞かせる言葉だった。
じっとりと澱んだ沈黙がおりてきた。
ほとんど息がつまりそうになりながら、ストゥルトはそのつらい時間を耐えた。
やがてとうとう男はこちらに向かって武人式の礼をした。
「……了解いたしましてございます」
そうしてくるりと向き直って扉に向かった。
が、男はすぐに足を止めることになった。その時、急に扉の外が騒がしくなったのだ。まもなく外に立っていた衛兵が扉ごしに声を掛けてきた。
「陛下。面会を申し出ている者がございますが、いかがいたしましょう」
「面会? こんな時間にいったい誰か」
「最近側付きになりました女どもの一人にございます。火急の用件があるとのことで、どうしてもお会いしたいと申しておりますが」
「分かった。入れよ」
入室してきた女は、ひどく青ざめた顔をしていた。崩れ落ちるように床に跪き、トゥニカの前のところを両手でもじもじと握ったり離したりをくりかえしている。
「や、夜分に失礼いたします、陛下。すぐにほかの者からも報告があると思ったのですが……早い方がいいかと思って」
「そうだったか。それは気遣いをありがとう。で、なにがあった?」
女はそれでもしばらく口をぱくぱくさせてかなりの時間逡巡した挙げ句、やっと言った。
「リュクス様が、お亡くなりになりました」
「……なに?」
「例の地震のあとしばらくして、急に大声をあげて駆け出したのだそうです。誰の声も聞こえない様子でどんどん走って王宮の屋上にのぼり……衛兵の止める声も聞かず──身を、投げたと」
(なんだと……!?)
あのリュクスが!
あの男の頭の中身は謎の宇宙生物であるはずだ。その宇宙生物が自殺をはかったというのか? 信じられない。
いったい何が起こったというのか。
このことに、あの火山の噴火は関係あるのか……?
ストゥルトは血の気の失せているだろう顔をあげ、背後のフォーティスと目を見かわした。
フォーティスは眉間に皺をきざみ、ひどく難しい顔になっている。
ストゥルトは呆然と沈黙したまま、その鋭い視線を見返していた。
0
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる