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第七章 転機
5 苦痛
しおりを挟む「おや。素直なんですね」
「それはどうかな? で、話はなんだ。ディヴェの盟友どの」
その呼び名を聞いて、リュクスはぴくりと眉を顰めた。
「あまり調子に乗らないほうがよろしいかと。そうご忠告に参っただけですよ、僕は」
「ふうん? そなたも私を脅すわけだな」
「それはどうでしょう。我々のこれが、あの髭殿の脅しと同程度だと思われますか?」
「いいや、思わないさ。さすがにな」
ストゥルトはくくっと笑って見せた。
「あのシンケルスたち未来人すら凌駕する『カガクリョク』を備えたお前たちだ。私が想像する以上の多くのことが可能だろう。なんなら今すぐ、私を跡形もなく消すことだって可能だろうよ。……そもそも、この身体自体がお前たちの『作品』なわけだし」
「よくお分かりではありませんか」
リュクスは鷹揚ににこりと笑った。
「おっしゃる通り。そのお身体は僕たちが『製作』したものだ。だったらそんなに暢気にしてらっしゃるのはまずいのでは?」
「どういう意味だ」
リュクスの目がいっそう細くなった。
「僕らがなんの細工もせずに、その体をあなたにお渡ししたとお思いなんですか? だとしたら随分と頭の中がお花畑でいらっしゃると思いますよ」
「なんだと?」
ストゥルトは静かに茶のカップを戻して青年を睨みつけた。
この男、何を言おうというのだろう。
「その体をあなたに差し上げたのは、飽くまでもあなた様が僕らにとって利用価値があると思ったからに過ぎません。もしもあなたが僕らの意思に反して勝手なことをし続けるようなら、いつだって取り上げる用意がある、というのですよ」
「……なるほどな」
「おや? あんまり驚かれない?」
「そりゃそうだろう。性格の悪いお前らが、そんなに簡単に私に『さあびす』をするとは思っていなかった。最初からな」
「おやおや。思った以上に聡くていらっしゃるようだ」
青年は楽しげにくすくす笑った。
「おっしゃる通りですよ。あなた様が今後、なにかの政策を行うにしろなんにしろ、それは僕らの意図に沿ったものでなければ困ります。当然ですよね?」
「そうだろうな。で? もし反したらどうするんだ。殺すのか?」
「大した鼻息ですねえ」
青年は茶化すように首を横にふった。
「いきなりそこまではしませんよ。もったいないですからね。せっかく手に入れた大国アロガンスの皇帝というお立場を利用しない手はない。僕らにとっても、あなた様にとってもだ」
「それはそうだな」
「で、ですね。具体的にはちょっとここが」
青年はひょいと自分の頭を指さして首を傾げるようにした。
「痛むようになっています。ちょっとした仕掛けです。これが合図」
「合図だと?」
「何かを決定するときに、あまり頭痛が激しくなるようでしたらその政策はあきらめていただきたい」
「つまり頭痛がしたら『一旦止まれ』というわけか」
「ええ。天気が悪いときなどに痛むものとは程度が相当違います。文字通り、頭が割れるように痛むはずです。のたうち回るほどにね。すぐにわかりますよ、やってみればね」
「……痛いのはいやだなあ」
溜め息とともにちょっと肩を竦めると、青年は微笑みを深くした。
「だったら、痛まないようになさいませ。恐ろしい苦痛ですからまあ無理だとは思いますが、それでもやりつづければ命に係わります。どんな優秀な医師でも治すことはできませんからね。たとえばあのドゥビウムにさえも」
「あっそう」
ストゥルトは半眼で相手を見返した。まったくもって面倒くさい。そしてこの外連はなんなのか。この異星人外連野郎どもめらが。
「……僕の話はここまでです。では僕は、これで失礼をいたしますね。あまり遅くなるとあの髭殿に叱られてしまいますから。まったく、ひと使いが荒くて困っちゃいますよあの御仁は」
男はそれらしい愚痴までこぼしながらすっと立ち上がり、扉に向かう。ストゥルトは平然とした顔でそれを見送りかけたが、不意に言った。
「ちょっと待てよ。そいつは置いていけ」
「はい?」
青年が振り向く。
「その、胸に掛けている緑色のペンダントだよ。ペンギンの印のついたやつ。すでにお前がシンケルスたちのお仲間じゃないことはこっちのチームみんなにバレているんだからな。もう不要なものだろうが」
というか、この男にいつまでもこれを持たせておくのはまずいはずだった。このペンダントはいわゆる「ツウシンキ」である。ほかの機能もいろいろあるが、まずは互いの声が遠くにいても聞こえるようにするための機械だ。
ということは、自分たちがしている会話を盗み聞くこともできるのかもしれない。それはシンケルスたちにとってまずいのではないだろうか。実はこいつが謎の宇宙生物の間諜だと知ってから、そのことはずっと気になっていたのだ。
「……ふうん」
青年は自分の胸元から緑色をしたペンダントを取り出して少し玩ぶようにした。細い鎖がちゃりちゃりと軽い音をたてる。
「構いませんよ、こんなちゃちなもの。あなたたちの行動を偵察するなんて、こんな無粋なものを使わずとも僕らにとっては造作もないことなんですしね」
そりゃそうだろうな、とは思ったが、青年の台詞の半分ほどは負け惜しみのように聞こえた。
リュクスは先ほどの台に無造作にそれを置くと、代わりに忘れたことになっていた書類をひょいと取り上げた。
「では、失礼いたします。警告はできれば無視しないでいただけると有難いですね。僕の仕事が増えちゃうんで。疲れるの、嫌いなんですよねー」
「そんなこと知るか、バカめ」
思わず呆れた声を出し、ストゥルトはひょいひょいと片手を振ってリュクスに「下がれ」の合図を送った。
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