愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

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第七章 転機

4 腐敗

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「ですから。下々の者らのために国庫を疲弊させるなどは言語道断と申すもの──」

 思ったとおり、スブドーラは国政のありようについて直接皇帝にねじこんできたということのようだった。
 ストゥルトは特に慌てることもなかった。別に殺しに来られたわけでもなし、話をするだけならば慌てる必要はまったくない。

「聞き捨てならんな、スブドーラ。民こそ国のいしずえぞ。民をないがしろにすることでたおれた国がいかほどあると思うのか」
「しかし。まつりごとにおいては民を『生かさず殺さず』が鉄則にございますぞ。生かしすぎれば下々の民は増長し、政への不満を溜めて結束し、最終的には国を滅ぼしかねませぬ。それもまた歴史の真実にございますれば」
「なにごとも程度の問題だと申すのだ。帝国の威勢を示すことはなるほど重要。他国に舐められては話にならぬ。軍事費を減らすなどはもってのほかだ」
「左様、おっしゃる通りにございます」
「だが、どうやら我が国の貴族、皇族はあまりに華美、贅沢に走りすぎているきらいがあるぞ。すでに十分に貯めこんでもいることだし、そちらがさほど重要とは思えぬが。そこを民らがどう見ているかを知らんのか。ここケントルムの周辺においてさえ、日々を食うや食わずで過ごしている民がごまんといるのだぞ。その不満と鬱憤うっぷんをどう晴らす」

 二人の間にはさきほどから、延々とこの侃々諤々かんかんがくがくが続いている。もちろん、スブドーラがともなってきたリュクス以外はすべて人払い済みである。

「必要なところにしっかり使い、さほどでないところはとことん削れ。そう申しているだけだ。いい加減、貴族どもの増長をなんとかせねば。奴らが国庫から毎年どれほどのものをかすめとっていることやら。そちが薄目を開けて見逃すにはそれなりの理由があったのだとしても、少しばかりやりすぎだったのではないか? んん?」
「な……なにをおっしゃいます」

 珍しくスブドーラがひるんだ。口元の髭がぴくりと動く。
 実のところ、ストゥルトはすでに正確な数字も把握している。これもシンケルスたちからの情報だ。もちろん少年インセクの目を通して、役人たちが陰でこそこそとなにやらやっているのを目にしたこともある。帝国アロガンスの宮廷はすでに相当な腐敗に至っているのだ。
 上役への袖の下などは当然のこと。民らが必死に納めた血税は、国庫に入るまでに不届きな役人ども、そして貴族どもに途中でどんどんかすめ取られる。まずはこれを正さねばどうにもならない。

 スブドーラの顔色は次第に悪くなってきている。まさかこの「阿呆の皇帝」からここまで問い詰められる羽目になろうなど、夢にも思わなかったのであろう。
 男は懐から美々しい刺繍のついた手巾をとりだし、さりげなく額をぬぐった。

「……とは申せ。貴族らの反発を買いすぎることは、陛下ご自身にとってもよろしくはなかろうかと」

 声にまぎれもない毒がみっしりと混ぜ込まれている。
 ストゥルトはくいと顎を上げて目を細めた。

「ほう。皇帝を脅すつもりなのか、そなた」
「滅相もなきことにございます」

 一見ものやわらかに聞こえるが、低く押し殺した声だった。スブドーラは一瞬ちらりとこちらの表情をうかがった。抜け目がなく情に薄い鋭い視線だ。男の背後に立つリュクスは細い目をさらに細くして、じっとこちらを観察する様子である。

「ともかくだ。まずは各部署での袖の下の横行を防ぐ。そのための法律が必要ならばそれを作る。各部の管理を厳しくし、監査のための部署を作れ。もちろん人選は、妙な動きをしている貴族らの息のかからぬ者が中心となる」
「は、……はは」
「家族を盾に脅されぬよう、一族郎党の面倒を見てやるか、最初から身寄りのない独り者を選ぶがよかろう」
「は……」

 スブドーラがとうとう頭を下げた。その下の表情はうかがえないが、さぞや憎々しい顔であろう。
 これはひょっとすると、自分の毒殺される日がより近づいたのかも知れぬ、とちらりと思う。だがそれを恐れるばかりでは何もできぬ。

 ともあれ、この席はこれにてお開きとなった。
 部屋を辞していくスブドーラのきらきらしいマントが揺れているのを目の端で眺めつつ、ストゥルトは苦笑した。その後ろについて行くリュクスが、いかにもわざとらしくそばの台へ、持っていた書類をそっと置いて出て行ったからだ。

(……あいつめ)

 思った通りだった。
 それから心臓がものの十回も打つぐらいの時間を置いて、リュクスが戻ってきたのである。要するにスブドーラに「ちょっと忘れ物をいたしました」とかなんとか言って引き返してきたわけだ。

「待っていたぞ。まあ、座れよ」

 茶をひと口飲みくだして、ストゥルトはにやりと笑って見せた。リュクスの方でもまったく動じる風はない。特に物怖ものおじする風もなく涼しい顔で、さきほどスブドーラが座っていた場所に腰かける。上司であるはずのスブドーラより、よほどどっしりと落ち着いて見えた。

「まったくかないませんね、あなたには」

 ストゥルトは敢えて片頬だけ上げて見せた。

「奴隷の少年ならばいざ知らず、晴れて皇帝に戻った私にそうそう敵うと思われては迷惑だな」
「……それは確かに」

 くすっと青年がまた目を細めた。

「随分とお変わりになりましたね。さぞやあの堅物のシンケルスから様々なことを吹き込まれたゆえだとお察ししますが」
 意地の悪い言いようは相変わらずだ。が、ストゥルトは平然と聞き流した。
「そうだな。彼らの助けと情報なしにここまでにはなれなかった。そこは認める」
「おや。素直なんですね」
「それはどうかな? で、話はなんだ。ディヴェの盟友どの」

 その呼び名を聞いて、リュクスはぴくりと眉をひそめた。

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