愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
83 / 144
第六章 帰還

15 約束

しおりを挟む
「ああ、もういい。大事ない」

 部屋の奥から青年の声がした。
 ……皇帝の姿になった、インセク少年の声だった。
 わけもわからぬまま人払いされて、兵士らがちょっと首をかしげながらも三々五々退室していく。扉が閉じられたのをしっかり見届けてから、シンケルスはようやくインセク少年に対して姿を現してみせた。ストゥルトも同様だ。

「シンケルス……! 皇帝陛下も! よくぞご無事で──」

 夜着を着ただけの姿の青年が、裸足でこちらへ駆け寄ってくる。

(な、なんだと……?)

 灯火に照らされたその姿を見て、ストゥルトは驚いた。
 いまや「皇帝ストゥルト」は、以前とは比べものにならないほどに痩せていた。いや、昔があまりにもひどかっただけの話で、じゅうぶんに健康的な範囲での痩せ方である。「すらりとした痩身」とでもいうべきか。
 日々の鍛錬の成果もあって、体はどこもかしこもぴしりと締まり、ほどよく筋肉を蓄え、均整のとれた体つきになっている。さほど明るくないためはっきりとは見えないが、頬や額にできていた醜い吹き出ものの痕も、急に痩せたための皮のたるみも、ずいぶんと軽減してきれいになっているようだ。

(母上……)

 帝国随一の美妃とうたわれた亡き母の面影をそこに見て、ストゥルトは妙な感慨にひたった。確かに美しい。自分はきちんとした生活さえしていれば、それなりに容姿のととのった男だったのだと再認識させられてしまう。
 ところで、驚いたのはストゥルトだけではなかったようだ。インセク少年のほうも、ぽかんと口を開けてこちらを凝視している。

「こ……これは。思っていた以上に──」
「そうだな。そっくりだ」

 答えて思わず苦笑してしまった。インセク少年のほうでも、控えめにくすっと笑っている。これならば、いつのまにかすり替わっていてもほとんど怪しまれることはないだろう。

「さあ。あまり時間がないぞ。急げ」
「あ、そうだな。急ぐぞ、インセク」
「はっ」

 そうして二人は、急いで着ているものを交換した。最後に忘れずに例のペンダントも交換する。インセクのものは赤い柘榴石キャルブンクールスの色のもの。自分のものはインセク少年の瞳に合わせたような紫水晶アメディストスの紫色だ。皇帝のペンダントの色が急に変わっていることを怪しまれないためだった。
 支度したくがすべて終わったところで、シンケルスが最終確認する。インセク少年はもう一度、なにか忘れたものがないかを確認した。

「いいようだな」
「はい」
「では……行こうか」
「あ……あの」

 もう行ってしまいそうにする二人を思わず呼び止めてしまってから、ストゥルトは後悔した。何をしているんだ、自分は。こんな忙しいときに──。
 だが、このまま二人を見送るのはなにかひどくつらかった。
 先ほどは、せかされてなし崩しに、挨拶もできずにレシェントと別れてきた。
 もしかしたらシンケルスとも、これが最後になるかもしれないのだ。……いや、彼ならきっと戻ってきてくれるとは信じているけれど。
 だが、胸の中がきりきりと痛むのが止められない。

 このまま別れたくない。
 もしかしたら、このままもう二度と会えなくなる可能性だってあるのだ。
 彼はこの世界の人間ではない。どう逆立ちをしてみたところで、ここは彼にとっての「家」にはなり得ない。彼にとっての帰る場所、居場所は未来にしか存在しないのだから。

(でも──)

 考えれば考えるほど、胸の痛みはひどくなる。
 が、ストゥルトはぎゅっと唇を噛んで顔を上げた。

「……いや。すまない。行ってくれ。……はやく」

 言って「さがれ」を意味する手振りをして見せる。顔を見られたくなくて、もう片方の手で顔を覆った。
 シンケルスはほんの一瞬ストゥルトを振り返って見ていたが、ひょいとインセク少年の耳に口を寄せた。

「すまん。少し向こうを向いていてくれ」
「あ、……はい」

 インセクはすぐにくるりと壁の方を向く。生真面目な少年だ。ご丁寧に耳までふさいでいる。
 即座にシンケルスが大股にこちらに近づいて来た。と思ったらストゥルトの体はもう、その胸に思いきり抱きしめられていた。

「わぷっ? ……な、なにを──」
「すぐ戻る。待っていてくれ」

 きゅん、と胸が高鳴った。彼の背中に恐る恐る手を回し、自分も思いきり抱きしめ返す。そのまま彼の肩に顔をうずめた。
 自然に後頭部に彼の手が添えられて、そっと撫でられたらもうダメだった。
 目元がうわっと怪しくなり、声がひび割れる。

「……絶対だぞ。すぐだぞっ……」
「ああ。約束する」

 少し体を離して見上げると、シンケルスの瞳が灯火の光を跳ね返していた。いつもの誠意と男気に満ちた男の瞳。それが真っすぐに自分を見ている。自分の今の顔をうつしている。ひどく不安そうな青年の顔だ。
 と、男の顔が近づいてきたと思ったら、もう口づけされていた。

「ん……っ」

 ストゥルトは一瞬体をすくませたが、すぐに唇を開いてそれを受けた。自分から進んで彼の舌に吸い付き、舌を絡めあわせる。

「ん……ん」

 もっと。
 もっとだ。

 しかし、男は遂にストゥルトの両肩を掴んで、ゆっくりと体を離した。いつもの無表情顔のくせに、その手がひどく「名残惜しい」と叫んでいるような気がした。
 だがそれは自分だって同じだった。ストゥルトの手はいつまでもみじめったらしく彼の服の裾を握りしめている。シンケルスの手がその上にかかって引き離してきた。が、それはひどく優しい手だった。

「……もう行かなくては」

 うん、と言うだけのことにこんなに力を使ったのは初めてだった。男の厳しい瞳のなかに、ふっとあの懐かしいような温かさが滲んだ。

「き、気をつけてな。……インセクのこと、よろしく頼むぞ」
「ああ」

 男はひとつうなずくと、最後にストゥルトの額にちゅっと軽く口づけ、遂に身をひるがえした。

 ストゥルトが「どうも目が冴えて眠れない、だれかに葡萄酒ヴィヌマを運ばせてくれ」とかなんとか言いながら扉を開けたのに合わせて、透明化したふたりはするりとその間から出て行った。
 その姿はもう、ストゥルトの目にも見えなくなっていた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

法律では裁けない問題を解決します──vol.1 神様と目が合いません

ろくろくろく
BL
連れて来られたのはやくざの事務所。そこで「腎臓か角膜、どちらかを選べ」と迫られた俺。 VOL、1は人が人を好きになって行く過程です。 ハイテンポなコメディ

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...