愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
82 / 144
第六章 帰還

14 侵入

しおりを挟む

 そのまま《イルカ》は王宮のすぐ上まで降下し始めた。ほとんど音もたてなかった。もちろん、人間の目には見えないような細工をほどこしたうえでだ。
 レシェントとインセクの顔をした異星人が《イルカ》に残り、ストゥルトはシンケルスとともに例のちいさな円盤に乗って静かに降下していった。

(ううっ……)

 ストゥルトは無意識にもシンケルスにしがみついてしまう。《イルカ》はかなり低い場所まで降下していたとはいえ、それでも十分に高い。最初は王宮全体が自分の拳ぐらいにしか見えなかった。それがどんどん大きくなり、足元に近づいてくる。
 帝都ケントルムの王宮を真上からながめるなんていう経験は、恐らくこれが最初で最後になるだろう。だがその珍しい経験を楽しもうという気にはまったくなれなかった。やっぱり自分は、高いところが苦手のようだ。

 ストゥルトとシンケルスはすでに、レシェントが準備してくれたアロガンス風の衣服に着替えている。万が一、衛兵らに見とがめられたとしても大丈夫なようにだ。
 だが実は、自分たちも姿を消す魔法──ストゥルトにしてみれば、《カガクテキな機械》による云々うんぬんかんぬんという話より、こちらのほうがよほど理解が早い──を使っている。魔法のもとはこのペンダントだ。
 シンケルスが円盤に乗る前にペンダントの使い方を教えてくれて、ふたりはそれぞれ自分のペンダントを操作して姿が見えないような状態になっている……はず、である。お互いの姿は見えるようになっているため、確認のしようがないのだ。

「とにかく、人にぶつからないようにだけ気をつけろ。なるべく足音も立てぬようにな」
「わ、わかってるよ……」

 すでにこそこそと小さな声になりながら、しっかりとシンケルスに抱き着いた姿勢のまま、ストゥルトは頭上に遠くなっていく《イルカ》の腹をちらりと見上げた。
 大した挨拶もしなかったが、もうレシェントと会う機会はないのかもしれない。もう少しまともに、礼や別れの挨拶をすればよかった、といまごろになって後悔し始めた。
 そう思ううちに、気がつけば二人の足は王宮の平たい屋上に降り立っていた。

 屋上には夜の見張り番である兵士らがあちこちに立っている。が、だれもこちらに注意を払わない。中には平気で大口をあけて欠伸あくびをしている者もいる。誰も見ていないと安心しきっているらしい。
 なるほど、自分たちの姿はほんとうに誰にも見えていないのだ。
 と、シンケルスが黙ったまま目配せをしてきた。ストゥルトも黙ってうなずき、彼のあとについていく。
 屋上からは小さな階段を使って下り、歩哨に立つ兵士や夜の務めのために歩き回っている奴隷たちや女官たちをかわしながら少しずつ進んだ。

(ああ……帰って来たんだ)

 唐突にそう思った。灯火のために燃やしている獣脂のにおい。さまざまな薫香のかおり。女たちだけでなく、男たちもつけている様々な香水のにおい。それらが混ざり合って独特の「王宮のにおい」なるものが形成されている。
 今の今までなんとも思わなかったけれど、そうだ。これが王宮のにおいなのだ。
 さして懐かしいとも帰りたいとも思わなかった場所なのに、不思議にいま懐かしいと思う自分の心を不思議に思った。

 が、へんな感慨にふけっている暇はない。シンケルスはどこの間諜かと思うようなたいさばきですいすいと先へ進んでいってしまう。それでいて、足音のひとつも立てない。うかうかしているとあっというまに置いていかれそうだ。ストゥルトは彼の背中を集中して見つめながら、なるべく音を立てないようにそのあとに続いた。
 やがて、ようやく後宮の中庭にたどりついた。
 ここからはもう、皇帝の寝所は目と鼻の先である。

 事前に約束してあるため、寝所にほかの奴隷たちはいないはずだった。しかも今夜は気分が悪いからとかなんとか理由を作って、インセク少年は寝所にひとりでいる手筈てはずになっている。
 もちろん皇帝の寝所の入り口には何名もの衛兵が立っているため、そのまま通り過ぎることは不可能だ。灯火のともされている広い廊下には、あちらこちらに点々と他の兵らも立っている。

 寝室の入り口が見える場所で柱の陰に身をひそめ、シンケルスは軽く自分のペンダントを叩いた。すぐに小声でいらえがある。

《私です》
「シンケルスだ。手筈どおり、寝室のすぐ前にいる」
《了解しました》

 次の瞬間だった。皇帝の寝室から、どしゃん、がしゃんと急に大きな音が起こった。
 入り口を守っていた衛兵がすぐに振りむいて中へ声を掛けている。

「陛下。いかがなさいましたか!」

 中から何かぼそぼそいう声がして、兵らは「失礼いたします」と声を掛け、扉を開いて中に入った。それと同時にふたりも駆け出す。
 シンケルスにならい、開いた扉の隙間からするりと滑り込んだ。
 と同時に、さっと壁のあたりに背中をつける。

「ああ、もういい。大事ない」

 部屋の奥から青年の声がした。
 ……皇帝の姿になった、インセク少年の声だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

法律では裁けない問題を解決します──vol.1 神様と目が合いません

ろくろくろく
BL
連れて来られたのはやくざの事務所。そこで「腎臓か角膜、どちらかを選べ」と迫られた俺。 VOL、1は人が人を好きになって行く過程です。 ハイテンポなコメディ

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...