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第六章 帰還
8 ディヴェ
しおりを挟む「君たちはそれで外部と連絡を取るんだろう? さあ、呼ぶがいいよ。君たちの仲間をね。今回は邪魔しないから」
ストゥルトとシンケルスは一瞬目を見合わせた。
まずシンケルスが慎重な手つきでペンダントを取りあげ、子細に調べてみてからストゥルトにうなずいてくる。それではじめてストゥルトもペンダントを取った。
特に以前と変わったところはないように見えた。いや、どのみち自分にわかることなんてほとんどないけれども。
シンケルスが早速ペンダントに向かって何か話すと、すぐに応答があった。
《シンちゃんか!? マジでお前か? 無事だったかよ!》
もちろんレシェントの声だ。男の声には明らかな安堵と怒りが聞き取れた。
《ああ……よかった。マジで生きた心地がしなかったんだかんな、このクソボケが!》
「……ああ。すまない」
《んで? 皇帝ちゃんはどうした》
「ああ。まあ……無事だ」
シンケルスの答えが明らかに歯切れ悪くなるのは、やむを得ない話だったろう。が、レシェントの声はあからさまに不審げになった。
《は? なんだそりゃ。大丈夫かよ。ってかてめえ、一か月も何やってやがったよ!》
「え。一か月?」
《お。その声は……っと、だれちゃん?》
レシェントが何もわからない状態なので、シンケルスはまずこちらの状況とあれからの経緯をかいつまんで説明してくれた。それでも結構な時間がかかってしまったが。
レシェントの方でも、簡単にこれまでの経緯を説明してきた。シンケルスが予想した通りだった。あれから《イルカ》はこの島の者たちの妨害を受けて、どうしても島の近くまで飛行艇を近づけることができなくなったというのだ。
さらにシンケルスたちのペンダントの位置も、《アリス》には把握することができなくなった。もともとは、自分たちがどこにいても《えーあい》であるアリスがペンダントの位置で場所を認識していたのだという。
《なんてこったよ……びっくりだな》
レシェントは度肝を抜かれた様子だったが、そこはさすが《エージェント》だった。すぐに飲み込んで「んで、どうした」と話を進めてきた。
斯く斯くしかじかとシンケルスが返答する。これまたごく事務的で過不足のない説明だった。さすが武官である。とくにレシェント相手のため、長年ともに働いて来た間柄だけにさらに話が早いようだった。
《な~るほど。んじゃ、そっちに向かやあいいんだな? 了解した。ペンダントの位置はアリスがいま確認した。いらねえ邪魔さえ入んなきゃあすぐにも着くぜ》
「そうか。よろしく頼む」
◆
そこからは恐ろしくあっけなかった。
入ってくるときはあれほど苦労したというのに、少年の姿になった異星人の案内で、ふたりはあっという間に地上に出たのだ。
それはちょうど《イルカ》に乗りこんだときのような円盤だった。それが足もとにやってきて、促されるままに乗ったと思ったら、凄まじい勢いで上昇して、気が付いたらもう島の海岸のあたりに到着していたのである。
「着いたようだぞ。ほら、もう大丈夫だ」
「う、うん……」
実はその間じゅう、ストゥルトはがたがた震えっぱなしでずっとシンケルスにしがみついていたのだった。彼の衣服を握りしめた手がすっかり強張ってなかなか離れてくれず、ストゥルトは真っ赤になりながらどうにか手をもぎ離した。
シンケルスはそのままストゥルトの手を握りこんでくれている。そのずっしりとくる確かな温かさで、ようやく心音がもとに戻ってきた。
隣に立っているインセク少年の姿をした者は、その間ずっと冷ややかな目をしてふたりを見ていた。
(まったく、不愉快だ!)
なんでこんなやつと一緒に行動しなくてはならないのか。いやもちろん、インセク少年の体は返してもらわねば困るけれども!
そんなことを考えているうちに、上空にあの懐かしい──もはやそれ以外の感慨などなかった──《イルカ》の姿が現れた。
前と同じようにその腹の部分から円盤が分かれてするするっと降りてくる。
三人は黙ってそれに乗り込んだ。
◆
「ちくしょう、このやろ! 心配させやがって……!」
《イルカ》に到着すると、すぐにレシェントが現れた。
進み出たシンケルスを、がばっとひろげた両腕で思いきり抱き締めている。
「てめえ、島で死にかけたってマジなのかよ。ったく無茶ばっかしやがって。結局、皇帝ちゃんに迷惑かけたってどーゆーこったよ、それのどこがボディーガードなんだこのクソボケ野郎が!」
「それについては一言もない。心配かけてすまなかった」
「謝りゃすむってもんじゃねーだろ! ほんと、てめえは皇帝ちゃんに感謝しろ。それからきっちり詫び入れろ!」
「もちろんだ」
ふたりの男の間で相変わらずな会話が展開している間、やっぱり宇宙生物である「インセク少年」はだまって二人の様子を観察する様子だった。
ストゥルトはじわじわと少年から距離をとった。どうもこの存在の近くにはあまりいたくないと思ってしまう。いや当然なのだけれども。
「んで。そっちのアンタが例の宇宙生物か」
「おやおや。ひどい呼び名だね」
人間だったら肩でも竦めそうなところだったが、少年はずっと気味の悪いきれいな微笑みを浮かべているだけで、特に表情も変えなかった。まるで仮面そのもののような顔だ。
が、レシェントも負けてはいなかった。「けっ」と言い放って半眼になり、じろりと睨み返しただけだ。
「いやならてめえで呼び名を考えとけよ。手間かけさせんな。人間サマにゃあ、それぞれ名前ってもんがあんだからよー」
「面倒だなあ、君たちは。じゃあ君たちの言語で『異なる者』とでも呼ぶがいいさ」
「長え、『ディヴェ』で十分だ。はい決まりィ!」
半眼で即答したレシェントを、シンケルスとストゥルトはぽかんと眺めた。
少年の姿をした者は「それでいいよ。別になんだっていいんだしね」と、特に取り合う風もなかった。
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