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第五章 神々の海
12 すり替え
しおりを挟む「ということは、貴様は主犯を知っているのか? 三年後の皇帝ストゥルト暗殺の黒幕を」
青年は無表情にシンケルスを見返した。
「それを聞いてどうするの? 僕に教えてあげる義務があるのかな」
「別に損もしないんだろ? だったら教えてくれたっていいじゃないか」
少年は思わず口を挟んだ。
ふたりが驚いたようにこちらを見た。
「お前が私の、もとの体のサイボウ……だかを盗ったのは、私が毒殺されたときじゃないのか? だったらその前後の状況も観察していたはずだろう。その、間諜をやらせている羽虫かなにかで」
「おお。ただただおバカさんなだけかと思っていたら。なかなか鋭いじゃないか、皇帝ちゃん」
「それはやめろ。その呼び方はやめろ」
「えーっ。可愛いじゃない? 僕は気にいってるんだけどな、『皇帝ちゃん』」
「きさまっ……!」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がったら、すぐに「落ちつけ」とシンケルスに肩をつかまれて座らされた。むくれた顔で男をにらむ。
「なんだよっ。お前だって聞きたいはずだろう? こんな、話をあっちこっちやって煙に巻こうとする奴の言うままにしていたって埒があかないだろうがっ!」
「それはまあ、その通りだな。……どうなんだ」
後半はもちろん偽ストゥルトに向かっての言だ。
青年は別に動じたふうもなく、吐息をこぼして指先で頬を撫でた。
「実際に毒を盛った者はわかってる」
「そいつはだれだ!」
「当時、君のそばにいつもいた性奴隷のひとりだよ」
「なんだと……」
少年は目を見開いた。
そうして、あの時自分の近くにいた奴隷たちの顔をひとつずつ思い出した。
だれだ。いったいどいつがそんな不遜なまねを──。
「そこは別に問題じゃない。その子は単に、いろんな甘言を聞かされて謀に乗っただけ。つまり利用されたわけだ。その証拠に、君の死後すぐに死体になってみつかっている」
「なんだって……」
「勝手に『亡くなった皇帝の後を追って死んだ』っていう美談にされていたよ。服毒自殺だってね。哀れなものさ」
「では黒幕は?」
切りこんだのはシンケルス。
「さあ。王宮の誰かには違いない。身分が高くて皇帝の地位を狙っている者。あるいは皇帝が死ぬことで大きな権益を手にできる者……」
「そんなことはわかってる! そんな奴なら山ほどいるんだ!」
少年が叫ぶと、そのとおりと言わんばかりにシンケルスも頷いた。
青年は呆れたように薄ら笑いを浮かべてふたりを見比べるようにしている。
「だからさ。僕らにはそんなこと、興味ないんだよ。人間の権力争いや舞台裏なんてどうだっていいのさ。そもそも詳細に調べもしないし、誰にも共有されない。だから当然、僕も知らない」
「おっ、お前っ……!」
またもや青年につかみかかりそうになった少年を、シンケルスが再び捕まえて椅子に座り直させた。少年はそれでもシンケルスの腕を逃れようとそこで暴れた。
「放せよ、シンケルスっ! こいつっ、こいつ許せないいっ!」
「気持ちはわかるが落ちつけ。まだ訊きたいことがある」
「でも──」
言い募ろうとする少年を男は目だけで黙らせて青年に向き直った。
「王宮に、貴様らの監視装置を忍び込ませていると言ったな。羽虫のようなタイプの極小ロボットか何かなんだろうが。人間はどうなんだ」
「人間?」
「頭の中の記憶を入れ替えてしまえば、そいつはお前の仲間ということになるんだろう。スパイのし放題というわけだ。そういう奴を忍び込ませているのか」
「あはは、なるほどね。君、なかなか勘がいいねえ」
青年はけたけた笑った。その笑いが答えのようなものだった。
少年はまたぞうっと背筋に冷たいものを覚えた。
「その通り。君たちが知らないだけで、君たちのそばには僕らの仲間があちらこちらに配置されている。もとの人間の記憶を学習してから乗り移るから、言語や会話、過去の事情の記憶なども完璧だ。見破られることはまずない」
「…………」
「なるべく丈夫で殺されにくい立場にある個体を選んでいるけれど、たとえ殺されたところで実害はほとんどない。記憶を取り出して保存しておき、また別の個体へ乗り移るだけのことだからね」
そこでさすがのシンケルスも怖い顔のまま押し黙ってしまった。
少年も愕然と青年を見つめて無言になる。
なんということだ。なんという、恐るべき存在か。これでは誰を信じればよいのかわからなくなってしまう。
「ま、……まさかとは思うが」
「なんだい? 皇帝ちゃん」
「未来の……つまり、シンケルスたちの時代にも、お前たちが頭の中に入っている人間が大勢いたのか?」
シンケルスがハッとして少年を見た。
「なかなか冴えてるね」青年は笑みを崩さないまますらりと言った。「その通りだよ。さっきも言ったとおりにね」
「…………」
シンケルスが愕然と目を見開いた。
「だからこそ、君たちが皇帝暗殺の三年前に再度タイムリープしてくることを知り得たわけだ。当然でしょ?」
そこでしばらく沈黙が降りた。
青年は面白そうにシンケルスの表情をうかがう様子だ。少年は隣からはらはらしながら男の顔を覗き込んでしまう。
やがてついに男が訊いた。
「まさか……俺たちの中にもいると?」
「《ペンギンチーム》のことを言ってるんなら、答えはイエスだよ」
(……!)
少年は呆然とシンケルスの横顔を見上げた。
シンケルスはもちろん、そこで氷の彫像となって停止していた。
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