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第五章 神々の海
11 時代の裏側で
しおりを挟む「貴様らの目的はなんだ。皇帝の細胞を採取した経緯と手段も教えろ」
またもやにやりと笑うのかと思ったら、青年の顔からは急に表情が欠落した。
「僕らは、ただ生き延びたいだけだよ。それ以上でも、以下でもない」
声音もごく冷たいものだ。
「故郷である星を失って、どうにかこうにか生き延びた。生きる場所を求めて広大な宇宙を彷徨ってきた……。もとの姿のままで生き延びるのが最善なのはわかっていたけれど、この惑星でそうするにはリスクが大きすぎた」
「なぜだ」
はっ、と青年がまた嘲るような笑声をあげた。
「わからない? この地球上で生き物と環境を支配しようとしてきたのは君たち人間だ。他の生物として生きていたのでは、いつ、何があって絶滅させられないとも限らない。実際、君たちの数世代前の人間たちは自分の利益のためだけに数多くの生き物を絶滅に追い込んできたはずだ。違うかい?」
シンケルスは黙って相手を睨んでいるのみだ。
「だから、人間だ。どんなに不快でも反吐がでそうでもね。人間の姿をとる以外の選択肢などなかった。できるかぎりの『コピー』をつくり、頭の中を僕らの仲間のものにする。そうやって仲間を増やしていき、いつかは僕らが生まれたままの姿でこの惑星に君臨する時代を作る。今はそのための土台を作る時期だ。非常に気の長いミッションだけれどね。いちばん実際的なのはそれだった」
「つまり、乗っ取りか」
「まあそうかな。平たい言い方をすれば」
「ちょ、ちょっと待てよ」
遂に少年は口をはさんだ。わからないなりに、疑問を覚えたからだ。
「なんだい、皇帝ちゃん」
「なんだかおかしくないか? そうやって人間の頭に棲みついたところで、体は人間のままなんだろう? それで生まれてくる子どもは人間になるだけじゃないのか。それでどうしてこの大地を乗っ取れるんだ?」
シンケルスも「確かに」と言いたげな目をして、少年から青年へと視線を戻した。
「それは当然でしょ? だから僕らは『記憶』を使う。何度も記憶をコピーして別の個体へ移し替え、僕らとしての存在は失わずに済むようにする」
「なんだって……」
つまりこいつらは、人間の体を借りて頭の中だけに棲みつくのだ。ある程度肉体が年老いてきたら記憶を吸い取り、また別の個体へと移し替える。それを今後、何百年と続けていって、じわじわと人間の脳を侵略する。最終的には人間そのものを駆逐して、地上を彼らだけの楽園にする。どうやらそういうことであるらしい。
「僕の仲間も、最後はもともとの自分たちの姿に近いものに戻るのがいいと言ってる。もとの体は宇宙を渡っていたときからずっと冷凍保存されているしね。もちろんそれは、人間を僕らよりも下等な生き物として十分管理できるようになったらの話だけど」
「…………」
「実際、君たちの時代では僕らの計画がある程度成功しているはずだ。君たちは種として絶滅の危機に瀕している。だからこそ、タイムリープなんていうまだ不完全な技術を使ってまで、傲慢にも過去に干渉しようとしはじめた。違うかい?」
「ある程度、成功……だと?」
ぎりっとシンケルスの奥歯が鳴ったような気がした。
「い、痛い。シンケルスっ……!」
とうとう少年は悲鳴をあげた。つないだ手が凄まじい力で握りこまれたからだ。今にも骨がみしみし言いだしそうだった。
「ああ……すまん」
シンケルスはすぐに瞳の色を柔らかいものに戻し、手を放してくれた。
(いや、そうじゃないだろ!)
別に手を放さなくたっていいのに。なんとなくまた自分の頬が膨らんでいる自覚はあったが、少年は黙っていた。
「つまり我々の絶滅は、貴様らが誘導して起こったものだと……?」
「いや、そうとも言い切れないけどね。君たちはとてももったいない生き物だから」
「どういう意味だ」
「そのまんまだよ。ひとりひとりはけっこう誠実だったり賢かったりするのに、全体になると急に非常に愚かになる。各々の目先の利益に振り回されて、全体像や未来像をうまく描くことができない。もちろん、それができる学者も大勢いるのにね。かれらがどんなに警告しても、目の前の利益のためには平気で耳を貸さなくなる」
「…………」
「実際、僕らがなにかする必要はほとんどなかった。君たちはみずから自分たちの首を絞め、破滅へと突き進んでいったのさ」
シンケルスはしばらく無言だった。だがその目には今まで見たこともないような恐ろしい光が宿っている。それは少年にも手に取るようにわかった。
いまは膝の上に置かれた彼の両手がぎちぎち言いそうなほど握りしめられている。
やがてシンケルスが押し殺した声を出した。
「そんなことまで話していいのか? 俺たちがむざむざと、貴様らにいいようにやられるとでも思うのか」
「そこは心配してないよ。君たちの記憶だって、ほんのわずかな操作で消すことも可能なんだし。いまここで話したことなんて、あっという間に消せるんだからね」
(あ……)
そうか。そういうこともあるから、レシェントは「ペンダントはオンにしておけ」と言ったのだ。
いまここで話されている内容は、恐らくペンダントを通じて《イルカ》の《アリス》にも届けられているはず。それなら、万が一自分たちの記憶が消される事態になってもどうにかなるはずだった。
きっと各時代にばらまかれたチームのみんなで、今度はこの「宇宙からやってきた生物」への対処を始めることができるだろう。シンケルスの驚きようからして、この生物の存在が明らかになったのはこれが初めてのようだし。
「それより、皇帝ちゃん。君、もどりたいんだね? もとの体に」
「うえっ?」
唐突に話の矛先が自分に向いて、少年は面食らった。
「な……なんだよっ。藪から棒に!」
「でもまあどうせだったら、本物の体に戻るよりこちらにしておくことをお勧めするよ」
言って青年が抑えたのは彼自身の胸元だった。つまり、偽物のストゥルトの。
「こう言ってはなんだけれど。もとの君、あまりにも不摂生が過ぎたからねえ」
「ど、どういう意味だよっ!」
と、青年はまたすっと目を細めて笑みをひっこめ、少年を見据えた。
「あの体、どの道そんなにはもたないよ? 君に自覚がなかったのは分かるけどね。内臓があっちこっち病魔に冒されている。大した医療技術もないのに、暴飲暴食のうえに運動不足はほんとうによくないね。別にわざわざ毒殺なんてされなくても、どのみち先はない体だったと思うよ」
「え──」
(そんな。本当かよ!)
「最近になって、急にあのインセク君が一生懸命運動したり食事制限をしたりしてくれているようだけれど。時すでに遅しってやつなんだよね、はっきり言って」
「な……なんだって……」
体が勝手にかたかた震えだした。背筋がすうっと冷たくなる。
そんな。私が? もうそんなに長くは生きられないだって……?
「ちょっと待て」
そこでシンケルスが割り込んだ。さきほどの衝撃からはすでに立ち直った顔つきになっている。
「ということは、貴様は主犯を知っているのか? 三年後の皇帝ストゥルト暗殺の黒幕を」
青年は無表情にシンケルスを見返した。
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