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第五章 神々の海
9 大地の星
しおりを挟む皇帝ストゥルトにそっくりな黒ずくめの青年が、少し離れて前を歩いていく。少年とシンケルスは黙ってついていった。少年もシンケルスも周囲をあちこち警戒しつつ慎重に進んだが、とりたてて見るべきものはなかった。
床と同様、滑らかな壁が曲面になった天井につながっている。壁にも天井にも特になんの装飾もない。美しい彫刻や花などで飾り立てた宮殿に慣れている少年には、とても味気ない空間に思われた。
やがて青年がとある場所にたどりつき、「どうぞ」と二人に席を勧めた。
それはちょうど、《イルカ》の部屋にもあったようなテーブルと椅子のセットだった。テーブルは楕円形のもので、椅子は四脚ある。やっぱり全体がつるりとしていて、何でできているのかはよくわからなかった。
シンケルスが座ったのを見て、少年も恐るおそるその隣の椅子に座った。それでも彼の服の裾をつかむ手ははなさない。椅子からは不思議に冷たさは感じなかった。ふわりと体を包むような形状の、とても快適な椅子である。
ストゥルトの顔をした青年は向かい側にすっと座って足を組んだ。腕を組み、片手を顎にあてる。すべて洗練され、計算されつくした動きだ。そう考えるのはなんだか癪に障るのだが、自分だったら到底やりそうもない仕草だった。
「さてと。本来だったらお茶でも出すべきところなんだろうけどね、君たちの習俗なら。ちょっとそれはご勘弁をお願いするよ」
青年がにこりと微笑んでそう切り出す。
少年はむっとした。そんなもの、当然だ。こんな状況で茶など出されて、口をつけるバカがどこにいるのか。
「余計なことはいい。さっさと本題に入れ」
シンケルスがごく平板な声で返した。考えることは少年と同じであるらしい。
「そうだね。……さてと。どこから話そうかな」
青年はわざとらしく考えるふりなどしている。
これは完全に玩ばれている。
「ならばこちらから質問させてもらう。そもそも、お前は何者だ」
「……面白いね。そう質問されて、君ならどう答えるのだい」
「質問に質問で返すな。さっさと答えろ」
シンケルスは腹を立てている風ではなかったが、それでも眉間に皺を深くきざんだままだ。つまりお前のような手合いに甘い顔はしないぞ、という明確意思表示なのだろう。少年もそれを真似して、頑張って相手を睨みつける顔を作った。
「はいはい。二人とも、そんな怖い顔をしなくても。ちゃんと答えるからさ」
青年はひょいひょいと片手を振ってまた笑った。
自分で言うのもなんだが、変に美形なだけに小憎たらしい。
「僕はそもそも、この惑星の生き物じゃない」
「……は?」
無言のシンケルスの代わりに、思わず少年が声を出してしまった。
「わ、ワクセイ……ってなんだ」
「いや待ってよ。そこから説明が必要なの?」
青年はにこにこしたままだ。
「構わん。この者には後ほど説明しなおす。いいから続けろ」
「ってこら! シンケルス!」
憤慨して立ち上がったら、服の裾を握っていた手をぎゅっと握られた。そのまま指と指をからませる形になおされ、さらに強く握りこまれる。
「え? えっと……」
とくんと胸が跳ねてしまう、そんな自分がまた忌々しい。
そんな場合じゃないだろう! 馬鹿じゃないのか私は!
「お前の知り得る知識と俺たちとの間にはどうしても差がある。それは仕方がないし、お前が悪いわけでもない。だがいまは時間が惜しい。あとで必ずわかるように説明する。だからちょっと黙っていてくれないか」
「……わ、わかった」
すとんと座り直したところで、偽ストゥルトが再び口を開いた。
「まあ、いきなりこう言っても納得できないだろうけどね。これは事実だ。この惑星で発生した君たちと僕とは、もともとの成り立ちがまるで違う。僕はほかの恒星系からやってきた……そう、君たちの語彙で言うところの『異星人』ということになるのかな」
「……なるほど」
(なにがなるほどなんだよ)
正直、怒りは満杯だ。だがもう黙っていると約束してしまったことでもあるし、仕方なく少年は口を閉ざした。
後ほどシンケルスが説明し直してくれたことを要約すれば、こうだった。
この「ストゥルト」は、もとの皇帝ストゥルトの体の一部をもとにして創り上げられた精巧な「贋作」だ。シンケルスは「コピー」とか「クローン」とかいう言葉を使ったが、要するによく似た別物ということだろう。
彼らはそもそも、この大地で生まれた生き物ではない。
ずっとずっと空の遠くの方にある、別の星からやってきた。本当か嘘かしらないが、あの月や太陽よりも遠い遠い星からやってきたのだという。
かれらはその星で文明を発達させて、長い年月、大いに栄えていた。しかしやがてその星に寿命がやってきてしまった。
「僕らは色々と思案した。どうにかして自分たちを生存させたい。生き延びたい。自分たちの星を離れて、どこか遠くに新天地を見いだしたいとね」
「それで地球にやってきたと?」
「そう。君たちはこの惑星をそう呼ぶのだね。言語によって色々だけれど、要するに『自分たちの大地である星』という意味だったかな」
かれらがこの惑星にやってきたのは、もうずっとずっと昔のことなのだそうだ。もちろん様々なチームに分かれて行われたミッションであり、地球にやってきたのはそのうちのごく一部だけだったらしい。そのあたりはシンケルスたちとちょっと似ている。
かれらがやってきた時にはまだ地上に人間は存在しておらず、そのずっと前の祖先にあたる四つ足のちいさな生き物がいるばかりだった。
「もちろん僕らも、なるべく自分たちの生体に似つかわしい、馴染みやすい環境の惑星を選んだはずだった。でも、実際に暮らすとなると障害が大きすぎたんだ」
「障害か。例えばどんな」
「ひとつひとつは些細なことなのさ。空気の組成割合が違うとか、紫外線の量が違うとか。でも、それらが積み重なると予想外に大きな問題になる。十分にデータを精査したつもりでもね。しばらくは大丈夫でも、時間を重ねると思わぬ病をひきおこし、致命傷になることすらある。そういうことさ」
苦笑してそう答えた青年を、シンケルスは相変わらずの厳しい視線で射抜きながら言った。
「いわゆる『テラフォーミング』に類することは? 行わなかったのか」
また聞きなれない言葉が出てきたぞ、と思っていたら、謎の青年が意味深な目でこちらを見てから言った。
「うん。本当はそうするつもりだった。もといた母星とこの星の環境を近づけるミッションをね」
どうやらこれは少年に聞かせるための言葉らしい。
「でも、長い宇宙旅行の間に宇宙船のあちこちに不具合が起こってしまってね。僕らはやむなく、多くの機材を放棄した。そうせざるを得なかったんだ。仲間の命を少しでも救うためだった……」
「そのためにテラフォーミングができなくなったと?」
「そういうこと」
言って青年は微かに笑った。やや自嘲気味な笑みに見えた。
シンケルスはやはり平板な声で続けた。
「Aプランは頓挫した。それでBプランに移行した。つまりこの惑星にすでに適応している生き物の姿を借り、そこに自分たちの意識を載せることにした……と。そういうことか?」
「ご名答。さすがだね」
青年の返事が、何もない空間に不気味に響いた。
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