58 / 144
第五章 神々の海
4 光線銃
しおりを挟むそのまま《イルカ》は次々と《神々の海》の島々の上空を飛行して、具に観察していった。レシェントに言わせると、これでようやく詳しいデータが取れたという話だった。
言われた通り、島の崖っぷちにとまったセイレーンたちは上半身だけは美しい女に見えた。長くゆたかな髪を流し、いずれ劣らぬ美しさと優しい相貌をもっている。ただしその背から生えているのは紛れもない鳥の翼だった。腰から下も鳥のそれで、鱗のある足に大きな鉤爪が生えている。
幸いなことに《イルカ》が「すてるす」とやらいう状態なので、彼女たち──と呼んでいいのかどうかは甚だ疑問だが──はまったくの無反応だった。
近くに迷い込んできた船でもあれば、彼女たちは美しい歌で船乗りたちを迷わせておびき寄せ、頭からぼりぼりとむさぼり食ってしまうと言われている。無視してもらえるならば御の字だった。
船はそのまま、数々の島の上を飛び越した。
沢山の豚を飼うという美女キルケ―。伝説によればあの豚たちは迷い込んできた船乗りの男たちが魔法によって変身させられたなれの果ての姿だという。しかし、あれは本当なのだろうか。
家畜用の柵の中でぶうぶう、ブヒブヒいっている豚たちは至極暢気な姿で、本物の豚としか見えなかった。
キルケ―はうねうねと長く美しい髪をした美女だった。確かに美しい。だが少年は恐ろしさが先に立つばかりで、うっとりしている余裕などなかった。
海の怪物スキュラについては、上空からだとほとんど姿は見えなかった。そもそも普段は深い海の底にひそんで眠っていて、船が近づいてきた時にだけ目を覚まし、恐ろしい姿を現すらしい。
そうして船乗りを食らい、背後の《火の島》を守護しているというわけだ。
そう言えば先日船で近づこうとしたとき、自分たちはひどい嵐に襲われた。あれも不思議なほどあっという間に現れて消えてしまった。レシェントに言わせれば「あれも人工の嵐だろう」という。なにか非常に進んだ「カガクリョク」とやらを使って起こした、人為的な嵐だと。
あんなものを起こせるのだとしたら、相手はいったいどんな恐るべき存在だというのだろうか。というか、本当に神なのでは?
そんな相手から「おいで」と言われている自分は、果たして無事に帰ることができるのだろうか……?
(しかし──)
《火の島》を目前にして少年は様々な疑問にとりつかれている。
「でも、変じゃないか?」
「なにがだい、皇帝ちゃん」
例の謎の存在は、みずから自分を招いたはずではないか。それなのに、あんな嵐を起こして自分たちを追い返そうとした。あそこでもし自分が水死などしてしまったら、一体どうするつもりだったのだろう。
「ああ、そりゃあ……。単純に、ほかの人間は邪魔だったんだろ?」
「恐らくそういうことだろうな」
「えええ……?」
レシェントとシンケルスが言うには、こうだった。
奴が欲しがっているのはインセクの体を持つ皇帝と、皇帝の体をもつインセク少年のみだ。ほかの色んなとりまきはだれ一人必要ない。奴にしてみれば適当に篩にかけて取り除き、目的の者だけを拾い上げて連れて帰ればいいのだ。
(あの嵐は……篩なのかよ)
少年は呆れた。
そりゃあ自分たち皇族や貴族だって、平民どもの命などさほど重くは考えていないかもしれぬ。またそうでなければ戦争などできないだろう。しかし、その存在にとっての人間の命は自分たちが思うよりもはるかに軽いもののようだ。まるで鳥の羽のごとくに。
それがなぜ、こんな少年ひとりのことにはひどく執着しているのか。
それほどの力を持ちながら、いったい何が不足しているのだろう。
考えるうちにも、《イルカ》はもう《火の島》に到着しかかっていた。
「俺と《アリス》はステルス状態のまま近くにいる。ま、あんまり意味はねえだろうが一応な」
「意味がない? なぜだ」
「だって皇帝ちゃん。俺らは今まで、この海域にほとんど近づくこともできなかったんだぜ? つまり俺らのステルスなんか、そいつにとっちゃまるっきり無意味だってこった。丸見えも同然かもな」
「そ、そうなのか……?」
そんなところに自分とシンケルスだけで降りてしまって、本当に大丈夫だろうか。だがここまで来た以上、引き返すことなどできない。
島に降下し始めるまえ、少年はシンケルスと一緒に最終的な装備の準備をおこなった。船内で履いていたものよりずっと丈夫で底が厚く、ふくらはぎのところまである長い靴。ペンダントを確認し、短剣は腰に差す。
ひと通り終わったところで、少年はシンケルスからとあるものを渡された。
「これを」
「ん? なんだこれは」
手のひらよりふた回りほど大きな、妙な形をしたものだ。大きさのわりには重いので、金属でできていることだけは分かった。ベルトつきの入れ物に入っている。
「光線銃だ」
「へ?」
固まった少年にはお構いなく、シンケルスはその道具の使い方を淡々と説明し始めてしまう。
「このレバーを下げると撃つことができる。安全装置だ。ここをこう持って、この引き金を引くと、ここから光る熱線が出る。絶対に銃口に手などかざすなよ」
「ちょっとまて」
「実弾の銃ほど反動はこないが、それでも肘は曲げるな。足はしっかり踏ん張れ。こちらの手をこう添えて撃つ」
言って少年にも実際に持たせ、背後に立って姿勢を直してくる。
「おいって!」
「撃ち終わったら、ホルスターに戻す前に必ずレバーは元に戻せ。普段は太腿の脇のところに──」
「だからまてよっ。なんだよこれは!」
「俺たちの武器だ」
「武器……?」
「どうしてもという時には使え。まっすぐに光線が出て、当たった物を破壊する。弓の三倍ほどは遠くに届く。遠距離攻撃用だから、短剣を使うより安全だ」
「え、ええ……」
「島についたら少し試し撃ちをやっておこう。基本的には俺が守るが──」
そこでふと、シンケルスは言葉を途切れさせた。気のせいかもしれないが、ふと少年から視線をはずす。ぴりっと嫌な予感がした。
「俺がいなくなった場合、お前も自分のことは自分で守らねばならん。何があっても生きて帰れ。ペンダントでレシェントに連絡すれば、すぐに迎えに来てくれる」
「そんな──」
急にそんなことを言われても困る。
さあっと血の気が引いていくのが自分でもわかった。
(お前になにかあるなんてこと──)
そんなこと、今の今まで想像すらしなかったのに!
0
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。

悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる