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第四章 海に棲むもの
11 並行世界
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(絶滅……絶滅だって?)
少年は男たちを呆然と見つめて固まった。
二人はしばらく、少年が話の内容を咀嚼し、飲み込むのを待ってくれたようだった。だが無理だった。わけがわからなさすぎる。
「えっと……えっと。だから、つまり……ふたりは未来から来た人だと?」
「あと、リュクスもな。忘れられてかっわいそ! 影うすっ!」
あっははは、と楽しげに大笑いして茶化したレシェントだったが、殺気のこもった目でシンケルスに睨まれて咳をする真似に移行した。
「うおっほん。あー、えっとな。実は三人だけじゃなかった、もともとはな。けど、なんだかんだあって結局はこの三人しか残らなかったってわけだ。この《ペンギンチーム》はな」
言って自分の胸元から例のペンダントを取り出す。彼のものはその雰囲気にぴったりな琥珀色の宝玉のものだった。真ん中には、やはりあのペンギンの意匠が浮かんでいる。
少年は黙ってシンケルスに目をやった。そして男の表情から色々と察した。
男はひどく暗い顔をしていたのだ。
(そうか……)
恐らくほかの仲間たちは、何らかの事故などで死んでしまったということだろう。そしてこの時代に残っているのは、今はこの三人のみなのだ。
「まあまあ。皇帝ちゃんまで暗くなるこたあねえって。俺らが勝手にやってることなんだしよー」
レシェントはまたけらけら笑った。まるで重くなった空気を敢えて軽くするかのように。
「で、だな。俺らの目的はアロガンス帝国の存続。皇帝ちゃんが三年後に暗殺されちまうと、その後の帝国の支配期間がぐっと短くなっちまうのよ。で、俺らにとってそれは都合が悪いわけ。んで、それを阻止するためにここへ来た」
「え……? ちょっと待ってくれ」
自分が暗殺されたとき、確かシンケルスは自分のところに駆け寄ってきてくれた。あれが三年後に起こることだとして、今いる彼らはどうしてその事実を知ったのだろう。
少年の疑問に答えたのはシンケルスの方だった。
「時間の流れというのは一筋だけじゃない。この世にはいくつかの並行世界が存在し、それぞれに独自の時間を刻みながら進行している。お前が毒殺されてしまった時間軸は実際に存在するが、俺たちはそこからつながって発生した未来からここへ来た。ここはまた別の時間軸、並行世界ということになる」
少年の目は完全に点である。
「……えっと。ごめん。わかんないぞ」
「うん! 無理ねえな」
あっさり言ったのはレシェントだ。完全に苦笑して腕組みをしている。
「お前なあ。この子は古代人なんだぞ? そんないきなり並行世界がどーの、時間軸がどーのって説明して、すぐに『はいそうですか』ってわかるわけねえだろうが! ちったあ考えろやタコ!」
シンケルスの目がすうっと細くなる。
「いちいちその暴言は必要なのか」
「ああ必要だね。タコにはタコってわからせる必要があるかんな、確実に! なあ皇帝ちゃん?」
「え、ええ……?」
そんな同意をいきなりこっちに求められても困る。
「ほんっとこいつ、融通が利かねえだろ? 頭は硬えしクソ真面目すぎるしよー。俺らもほんっと、頭いてえのよ」
「え、えっと……」
ここで言う「俺ら」とは、要するにレシェントとリュクスのことらしいと見当をつける。
「んでっ。話を戻すとだな。『皇帝ちゃんが暗殺されねえようにしようぜー』ってこっち側に来てみたら、なんと皇帝ちゃんとインセク坊やの意識が交換されてやがったわけよ。意味不明だろ? 俺らもそこがわけわかんなくってよー」
「俺たちがこんな風に何度かタイムリープをしてきたせいで、この世界に余計なひずみやファクターが生じてしまった可能性がある。それがなんらかの影響を及ぼして、お前たちの意識交換がおこったのではないか……と」
「けど、どうやらそういうことでもねえみてえなんだよなあ。こっちの時間軸にゃあ、どうやら俺らも知らない何かの存在が関わっている。そうと睨んで、この《神々の海》の捜索計画ができた。基本的な絵図をかいたのはリュクスだけどな」
「うう……」
だんだん頭が痛くなってきた。
いや、無理だ。わけがわからない。レシェントはともかく、シンケルスが話し始めるとほとんど内容が理解できなくなる。お手上げだ。
どうやら自分は、相当情けない顔になってしまっていたらしい。
ある程度のところまで話してみたものの、結局二人は細かい説明をするのを諦めたようだった。
「わかった。ごめん、悪かったよ皇帝ちゃん……」
言ってレシェントが慰めるように少年の肩を叩く。その手をすかさずシンケルスがぺいっと払いのけた。
「痛ってえな! なにすんだよこの過保護野郎!」
「汚い手で触るな。バカが感染する」
「だれがバカだと失礼な。バカでタイムリープのエージェントなんぞに選ばれっかよ!」
「色々やっていれば、そういうバグも起こりうる。そもそもこれは、相当『やけっぱち』の計画だしな。やむをえん話だ」
「なーんーだーとおおう?」
笑ったままの顔で怒るという器用なことをやってのけているレシェントと、半眼で完全に黙殺しているシンケルス。やっぱりこの二人、仲がいいのか?
「え……えっと。よくわからない、けど……」
少年が恐るおそる言葉を挟むと、男ふたりは一斉にこちらを見た。
「要するに、お前たちは未来から来たんだな? そっちでは人間が絶滅しそうになっているから」
「うん、そうそう」
「で、私が毒殺されたのがまずかったので、三年前のところでやりなおし……みたいなことをしに来た」
「その通りだ。また別の並行世界でということだが」
「そうしたら、私とインセク少年の心が入れ替わっていた。だからその理由をさがしにこの海域を調べることにした、と……。これで大体いいのか? あってる?」
「そう、そうそう! なんだ皇帝ちゃん、ちゃんと賢いじゃ~ん? 相当甘やかされたダメ皇帝だって聞いてたからどんなアホ子ちゃんが来るのかって戦々恐々としてたんだがよ~。なんかおにーさん安心したわ、うんうん」
「…………」
大きなお世話だ。
さすがの少年も憮然として、シンケルス同様半眼になった。
少年は男たちを呆然と見つめて固まった。
二人はしばらく、少年が話の内容を咀嚼し、飲み込むのを待ってくれたようだった。だが無理だった。わけがわからなさすぎる。
「えっと……えっと。だから、つまり……ふたりは未来から来た人だと?」
「あと、リュクスもな。忘れられてかっわいそ! 影うすっ!」
あっははは、と楽しげに大笑いして茶化したレシェントだったが、殺気のこもった目でシンケルスに睨まれて咳をする真似に移行した。
「うおっほん。あー、えっとな。実は三人だけじゃなかった、もともとはな。けど、なんだかんだあって結局はこの三人しか残らなかったってわけだ。この《ペンギンチーム》はな」
言って自分の胸元から例のペンダントを取り出す。彼のものはその雰囲気にぴったりな琥珀色の宝玉のものだった。真ん中には、やはりあのペンギンの意匠が浮かんでいる。
少年は黙ってシンケルスに目をやった。そして男の表情から色々と察した。
男はひどく暗い顔をしていたのだ。
(そうか……)
恐らくほかの仲間たちは、何らかの事故などで死んでしまったということだろう。そしてこの時代に残っているのは、今はこの三人のみなのだ。
「まあまあ。皇帝ちゃんまで暗くなるこたあねえって。俺らが勝手にやってることなんだしよー」
レシェントはまたけらけら笑った。まるで重くなった空気を敢えて軽くするかのように。
「で、だな。俺らの目的はアロガンス帝国の存続。皇帝ちゃんが三年後に暗殺されちまうと、その後の帝国の支配期間がぐっと短くなっちまうのよ。で、俺らにとってそれは都合が悪いわけ。んで、それを阻止するためにここへ来た」
「え……? ちょっと待ってくれ」
自分が暗殺されたとき、確かシンケルスは自分のところに駆け寄ってきてくれた。あれが三年後に起こることだとして、今いる彼らはどうしてその事実を知ったのだろう。
少年の疑問に答えたのはシンケルスの方だった。
「時間の流れというのは一筋だけじゃない。この世にはいくつかの並行世界が存在し、それぞれに独自の時間を刻みながら進行している。お前が毒殺されてしまった時間軸は実際に存在するが、俺たちはそこからつながって発生した未来からここへ来た。ここはまた別の時間軸、並行世界ということになる」
少年の目は完全に点である。
「……えっと。ごめん。わかんないぞ」
「うん! 無理ねえな」
あっさり言ったのはレシェントだ。完全に苦笑して腕組みをしている。
「お前なあ。この子は古代人なんだぞ? そんないきなり並行世界がどーの、時間軸がどーのって説明して、すぐに『はいそうですか』ってわかるわけねえだろうが! ちったあ考えろやタコ!」
シンケルスの目がすうっと細くなる。
「いちいちその暴言は必要なのか」
「ああ必要だね。タコにはタコってわからせる必要があるかんな、確実に! なあ皇帝ちゃん?」
「え、ええ……?」
そんな同意をいきなりこっちに求められても困る。
「ほんっとこいつ、融通が利かねえだろ? 頭は硬えしクソ真面目すぎるしよー。俺らもほんっと、頭いてえのよ」
「え、えっと……」
ここで言う「俺ら」とは、要するにレシェントとリュクスのことらしいと見当をつける。
「んでっ。話を戻すとだな。『皇帝ちゃんが暗殺されねえようにしようぜー』ってこっち側に来てみたら、なんと皇帝ちゃんとインセク坊やの意識が交換されてやがったわけよ。意味不明だろ? 俺らもそこがわけわかんなくってよー」
「俺たちがこんな風に何度かタイムリープをしてきたせいで、この世界に余計なひずみやファクターが生じてしまった可能性がある。それがなんらかの影響を及ぼして、お前たちの意識交換がおこったのではないか……と」
「けど、どうやらそういうことでもねえみてえなんだよなあ。こっちの時間軸にゃあ、どうやら俺らも知らない何かの存在が関わっている。そうと睨んで、この《神々の海》の捜索計画ができた。基本的な絵図をかいたのはリュクスだけどな」
「うう……」
だんだん頭が痛くなってきた。
いや、無理だ。わけがわからない。レシェントはともかく、シンケルスが話し始めるとほとんど内容が理解できなくなる。お手上げだ。
どうやら自分は、相当情けない顔になってしまっていたらしい。
ある程度のところまで話してみたものの、結局二人は細かい説明をするのを諦めたようだった。
「わかった。ごめん、悪かったよ皇帝ちゃん……」
言ってレシェントが慰めるように少年の肩を叩く。その手をすかさずシンケルスがぺいっと払いのけた。
「痛ってえな! なにすんだよこの過保護野郎!」
「汚い手で触るな。バカが感染する」
「だれがバカだと失礼な。バカでタイムリープのエージェントなんぞに選ばれっかよ!」
「色々やっていれば、そういうバグも起こりうる。そもそもこれは、相当『やけっぱち』の計画だしな。やむをえん話だ」
「なーんーだーとおおう?」
笑ったままの顔で怒るという器用なことをやってのけているレシェントと、半眼で完全に黙殺しているシンケルス。やっぱりこの二人、仲がいいのか?
「え……えっと。よくわからない、けど……」
少年が恐るおそる言葉を挟むと、男ふたりは一斉にこちらを見た。
「要するに、お前たちは未来から来たんだな? そっちでは人間が絶滅しそうになっているから」
「うん、そうそう」
「で、私が毒殺されたのがまずかったので、三年前のところでやりなおし……みたいなことをしに来た」
「その通りだ。また別の並行世界でということだが」
「そうしたら、私とインセク少年の心が入れ替わっていた。だからその理由をさがしにこの海域を調べることにした、と……。これで大体いいのか? あってる?」
「そう、そうそう! なんだ皇帝ちゃん、ちゃんと賢いじゃ~ん? 相当甘やかされたダメ皇帝だって聞いてたからどんなアホ子ちゃんが来るのかって戦々恐々としてたんだがよ~。なんかおにーさん安心したわ、うんうん」
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