愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

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第三章 秘密

12 指先

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「本当に、他にはなにもなかったんだな」

 シンケルスの部屋で水にひたした布を頬におしあてながら、少年はぼんやりと寝台の端に座っている。男はあのあと、男らの処遇を副官らに任せてここまで少年を運んできたのだ。なんとご丁寧にも横抱きに抱いたまま。
 男の説明によれば、こうだった。
 シンケルスはあのリュクスという青年からマントを受け取った際に聞いたのだという。少年がいま一人でいることと、すぐ近くの物陰に人相のよくない男たちがたむろしているのを見たという話をだ。
 シンケルスはそれですぐこちらへ駆けつけた。もしもリュクスの忠告がなかったなら、本当に危なかったのだ。それを聞いて、あらためて少年はぞっとした。

 男らによって引き裂かれていた衣服はすでに着替えさせられている。先ほどまでは呼ばれてやってきた軍医ドゥビウムが一緒に居たのだったが、ひととおりの診察を終えて退室したところだった。
 医者が「頬を殴られたこと以外、大きな怪我はない」と告げると、シンケルスは大きく息をついて額をおさえた。本気で心配してくれていたかのようだった。
 ……この少年の体を、だろうとは思ったけれど。

 少年はついさっき自分の身に起こったことの衝撃と、やってしまったことの羞恥でほとんど口もきけないでいる。シンケルスに何を訊かれても、俯いたまま首を縦か横に振るぐらいのことだ。
 目の前に引き寄せた椅子に座って、シンケルスが少年の顔をのぞき込むようにしてくる。

「腕や足にも痣ができているな。そこも冷やそう。見せてみろ」
「…………」

 素直に腕などを差し出しながらも、顔をあげられない。
 この男にしがみついて、あんなにわんわん泣いてしまって。外見はともかく、自分だって中身はもういい大人だというのに。きまりが悪くてしかたがなかった。自分が必要以上にふくれっ面を作っていることはわかっていたが、自分の顔を他にどういう状態にしておけばいいのかもわからなかった。

「昼食もまだだったろう。少し食べて休むといい。いま女たちに準備させている」
「……!」

 もう行ってしまうのかと急に不安になって、少年は思わず男のマントの端をつかんだ。

 ──行かないでくれ。今はひとりになりたくない。

 そう思うのに、それらの言葉はどうしてもうまく口から出てきてくれなかった。
 ただただ、マントを掴んだ手に力をこめる。男はその上からそっと手を重ねてくれた。

「あんなことがあったあとだ。不安なのはわかる。だが俺も事後処理に行かねばならん。……これはお前のためでもあるんだ」

 どういう意味だろう。
 少年は沈黙したまま、のろのろと男の顔に目をやった。

「放っておくと、あやつらが『お前の方から誘って来た』などとくだらん言い訳をせんとも限らぬ。調書を取る場には同席しておくほうが無難だ。奴らを厳罰に処すためにも必要な手続きだ」

 確かにそうだ。わかっている。
 ああいう下衆なやつらなら、平気でそういう言い逃れをしかねない。要するに、自分たちにだけ都合のいい言い訳を。
 それは確かに困るけれども。

「部屋の前には衛兵を立てておく。女たちもすぐに来てくれるだろう」

 自分が今どんな顔をしているのかよくわかっていなかったが、男は微妙な目の色をして、じっと少年を見つめていた。申し訳なさそうな、あるいはつらそうにさえ見える目の色だった。

「……すまない。少しの間だ。我慢してくれ」

 少年はゆっくりと首を縦にふった。
 別に、こんなに済まなそうに謝られる必要はないのに。多少殴られただけのことで、少年の体はほぼ無事だったのだ。それ以上この男が少年を心配する理由も、申し訳なく思う理由もないはずなのに。
 それにこれは仕事なのだ。仕方がない。しかもほかならぬ少年のためなのだ。
 男の手がそろそろとのびてきて、そうっと髪を撫でてくれる。埃にまみれてぐしゃぐしゃになってしまった髪を元通りに整えてくれているようだ。それは信じられないぐらい優しい触れ方だった。
 これは本当に、最初に氷のような目で自分を睨んでいた男と同じ人間なのだろうか……?

「いいな? インセク」

 少年は静かに目を閉じて、もう一度うなずいた。
 男はそれでもなんとなく立ち去りがたい様子だったが、扉の外に女たちの声が聞こえてくると、ようやく静かに立ち上がった。
 入り口に向かって振り向いた背中に向かって、少年はやっと声を掛けた。

「……シン、ケルス」
「ん?」

 振り向いた男の目は、今まで見た中でいちばん柔らかいものに見えた。こちらを気遣っている様子に嘘はない。少なくとも少年にはそう思えた。

「そ、その……」

 言いかけたが、ほんのちょっと躊躇ためらった。ここから先はひどく言いにくい言葉のような気がした。
 だがこれは、やっぱり言っておかねばならないことだ。
 そう思い直して少年はもう一度顔をあげた。

「あ、ありが……とう。助けてくれて」

 男は一瞬目を見開いた。しばし沈黙する。
 が、すぐに目を細めてひとつ頷き、低い声で応じた。

「……いや。礼には及ばない」
 マントの陰から握りしめた拳がちらりと見えた。
「駆けつけるのが遅くなり、まことに申し訳なかった。……ゆっくり休め」

 それだけ言うと、男は女たちと入れ替わるようにしてするりと部屋から出ていった。

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