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第三章 秘密
11 影の手 ※
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しかし。
少年はそう簡単にシンケルスのもとに戻ることはできなかった。
そのまま回廊を抜けて近衛隊の者らのいる場所へ戻ろうとしたのだったが、リュクスが去ってひとりきりになった時にそれは起こったのだ。
足早に歩いていたら、突然壁の中から大きな手がぬっと現れて口を塞がれ、あっという間に部屋のひとつに引き込まれた。声をあげる暇もなかった。
「むぐっ……むぐぐう!」
少年は手足をばたつかせて必死に暴れた。拳や膝が周囲の誰かの体に激しくぶつかり、くぐもった低い悲鳴が聞こえた。それは数名の男の声だった。
何本もの男の太い腕が少年の体に巻きつき、床に広げられた布かなにかの上に投げ出される。そこではじめて少年はぞっとした。
どうやらここは物置きらしい。埃っぽくて小ぶりな部屋の中に、うっそりと四、五名の男たちが佇んでいる。みな布で顔の下半分を隠したり、マントのフードを深くかぶったりしているため顔はよく見えなかった。
だが、わかった。
男らの目の中にあるどうしようもなく動物的な欲望の光の意味だけは。
(こいつら……!)
びりっと背筋が凍り付く。
この世にまたとない美貌と、この地域では非常に珍しい銀色の髪をそなえたか弱い少年。いまは近衛隊長の持ち物であるとはいえ、もともと異民族の中でもさんざんに玩ばれてきた性奴隷だ。
それならば、自分たちが少しぐらい「味見」してみたっていいではないか──。
どうせそうした下衆な欲望から出た行動だろう。
そこではじめて少年は、リュクスが残した「物陰には気を付けて」という注意の言葉を思い出した。あれはこういう意味だったのだ。
まさか王宮の中でこんな災難に遭うとまでは思っていなかったが、考えが甘かった。
「静かにしろ。そうすれば痛い目には遭わせねえ」
「おとなしくしていりゃあ、ちゃんといい目を見せてやる」
男たちは欲にまみれた独特の声で変に優しくそんなことを言っている。そのくせ、少年の四肢を押さえつけた腕や膝には想像以上の力がこもっていた。痛くてたまらない。それだけで泣き叫びたくなる。
「やだっ……。いやだああああっ!」
少年は絶叫した。
こんなのはイヤだ。
そもそも自分は、皇帝だったときにどんなに性奴隷たちと遊んでも、自分に突っ込まれた経験はない。皇帝としての沽券に係わる気がして、それだけはどうしても許す気になれなかったのだ。
こんな、見るからに不潔そうな男どもに好き勝手に突っ込まれるのは死んでもいやだ。
と、いきなり頬のところに凄まじい衝撃が走った。
「うぐっ……!」
目の前がちかちかする。
「うるせえ。黙れって言っただろう」
「痛い目を見たくなきゃ、大人しくしてろ」
「そうすりゃすぐ済む」
言って男たちはごそごそと股間のあたりをくつろげている。ひとりがいかにも手慣れた様子で少年の口に布を突っ込み、後ろで縛り上げた。
「うううーっ!」
少年の目にいやおうなく熱いものが滲んだ。
必死で首を横に振る。それしか拒絶を表現する手段がなかった。
が、男たちは下卑た顔で少年を見下ろして、笑いながら「だれから行く」と勝手な相談を始めている。中でもひときわ体の大きい、熊のような男がぐいと進み出てきて、造作もなく少年の両足を開き、腰を割り込ませてきた。両足は他の男たちの手で押さえられている。まったくどうにもできなかった。
男の股間にそそり立っている禍々しくも赤黒いものを見て、少年の血は凍りついた。
「……!」
あんなものを突っ込まれるのか。あんなものを!
(やだ……!)
いやだ。
いやだ。
こんなの、絶対にいやだ。
助けて。
助けて。
なんだってする。なんだって与える。
だから助けて。
だれか……!
尻のあたりに、ぐいと男の汚いものが押し付けられる感覚がある。
今にも狂いだしそうな気がした。
(シンケルス……!)
その時だった。
「ぐへっ」と潰された蛙みたいな声が聞こえて、どすんと近くに大きなものが落ちて来た音がした。つづいて次々に鈍い打撃音と男たちの悲鳴が聞こえた。
少年は四肢を解放されていることに気付いて体を起こした。周囲にはすでに昏倒した男たちの大きな体が折り重なっている。
涙でぐしょぐしょになった視界の向こうに、光を背にして立つ長身の姿が見えた。
「インセク! 大事ないかッ!」
のびた暴漢の襟首をまだ掴み上げたまま、男が声を掛けてくる。どっと安堵が襲ってきた。
シンケルスだった。
あとからついて来ていたらしい近衛隊の者らが気を失った暴漢どもを引きずっていく間に、シンケルスは手早く猿轡を外してくれた。
その手がそっと少年の頬に触れてくる。
「……殴られたのか。他はどうだ? 無事だったか」
「…………」
少年はしばらく、呆然と男の顔を見上げていた。
が、突然喉がひきつって、ぶわっと視界がぼやけてしまった。
「うううっ……」
気が付いたら少年は、死に物狂いで男の首っ玉にかじりついていた。
「うあっ、あああ……うわああああああ────っ!」
わあわあ泣きわめくだけの少年を、男はしばらく両手を下ろしたまま困った顔で黙って見ていた。
が、やがてその両手がそっと上がって、少年の背中を静かに優しく抱きしめた。
その手がぽすぽすと自分の後頭部を叩いているのに気づいて、少年はますます泣き声を我慢することができなくなった。
ばか、とか、なんでもっと早く来ないんだ、とか。
散々に悪態をついて泣きわめく少年の頭や背中を、男は黙っていつまでもぽすぽすと叩いていた。
少年はそう簡単にシンケルスのもとに戻ることはできなかった。
そのまま回廊を抜けて近衛隊の者らのいる場所へ戻ろうとしたのだったが、リュクスが去ってひとりきりになった時にそれは起こったのだ。
足早に歩いていたら、突然壁の中から大きな手がぬっと現れて口を塞がれ、あっという間に部屋のひとつに引き込まれた。声をあげる暇もなかった。
「むぐっ……むぐぐう!」
少年は手足をばたつかせて必死に暴れた。拳や膝が周囲の誰かの体に激しくぶつかり、くぐもった低い悲鳴が聞こえた。それは数名の男の声だった。
何本もの男の太い腕が少年の体に巻きつき、床に広げられた布かなにかの上に投げ出される。そこではじめて少年はぞっとした。
どうやらここは物置きらしい。埃っぽくて小ぶりな部屋の中に、うっそりと四、五名の男たちが佇んでいる。みな布で顔の下半分を隠したり、マントのフードを深くかぶったりしているため顔はよく見えなかった。
だが、わかった。
男らの目の中にあるどうしようもなく動物的な欲望の光の意味だけは。
(こいつら……!)
びりっと背筋が凍り付く。
この世にまたとない美貌と、この地域では非常に珍しい銀色の髪をそなえたか弱い少年。いまは近衛隊長の持ち物であるとはいえ、もともと異民族の中でもさんざんに玩ばれてきた性奴隷だ。
それならば、自分たちが少しぐらい「味見」してみたっていいではないか──。
どうせそうした下衆な欲望から出た行動だろう。
そこではじめて少年は、リュクスが残した「物陰には気を付けて」という注意の言葉を思い出した。あれはこういう意味だったのだ。
まさか王宮の中でこんな災難に遭うとまでは思っていなかったが、考えが甘かった。
「静かにしろ。そうすれば痛い目には遭わせねえ」
「おとなしくしていりゃあ、ちゃんといい目を見せてやる」
男たちは欲にまみれた独特の声で変に優しくそんなことを言っている。そのくせ、少年の四肢を押さえつけた腕や膝には想像以上の力がこもっていた。痛くてたまらない。それだけで泣き叫びたくなる。
「やだっ……。いやだああああっ!」
少年は絶叫した。
こんなのはイヤだ。
そもそも自分は、皇帝だったときにどんなに性奴隷たちと遊んでも、自分に突っ込まれた経験はない。皇帝としての沽券に係わる気がして、それだけはどうしても許す気になれなかったのだ。
こんな、見るからに不潔そうな男どもに好き勝手に突っ込まれるのは死んでもいやだ。
と、いきなり頬のところに凄まじい衝撃が走った。
「うぐっ……!」
目の前がちかちかする。
「うるせえ。黙れって言っただろう」
「痛い目を見たくなきゃ、大人しくしてろ」
「そうすりゃすぐ済む」
言って男たちはごそごそと股間のあたりをくつろげている。ひとりがいかにも手慣れた様子で少年の口に布を突っ込み、後ろで縛り上げた。
「うううーっ!」
少年の目にいやおうなく熱いものが滲んだ。
必死で首を横に振る。それしか拒絶を表現する手段がなかった。
が、男たちは下卑た顔で少年を見下ろして、笑いながら「だれから行く」と勝手な相談を始めている。中でもひときわ体の大きい、熊のような男がぐいと進み出てきて、造作もなく少年の両足を開き、腰を割り込ませてきた。両足は他の男たちの手で押さえられている。まったくどうにもできなかった。
男の股間にそそり立っている禍々しくも赤黒いものを見て、少年の血は凍りついた。
「……!」
あんなものを突っ込まれるのか。あんなものを!
(やだ……!)
いやだ。
いやだ。
こんなの、絶対にいやだ。
助けて。
助けて。
なんだってする。なんだって与える。
だから助けて。
だれか……!
尻のあたりに、ぐいと男の汚いものが押し付けられる感覚がある。
今にも狂いだしそうな気がした。
(シンケルス……!)
その時だった。
「ぐへっ」と潰された蛙みたいな声が聞こえて、どすんと近くに大きなものが落ちて来た音がした。つづいて次々に鈍い打撃音と男たちの悲鳴が聞こえた。
少年は四肢を解放されていることに気付いて体を起こした。周囲にはすでに昏倒した男たちの大きな体が折り重なっている。
涙でぐしょぐしょになった視界の向こうに、光を背にして立つ長身の姿が見えた。
「インセク! 大事ないかッ!」
のびた暴漢の襟首をまだ掴み上げたまま、男が声を掛けてくる。どっと安堵が襲ってきた。
シンケルスだった。
あとからついて来ていたらしい近衛隊の者らが気を失った暴漢どもを引きずっていく間に、シンケルスは手早く猿轡を外してくれた。
その手がそっと少年の頬に触れてくる。
「……殴られたのか。他はどうだ? 無事だったか」
「…………」
少年はしばらく、呆然と男の顔を見上げていた。
が、突然喉がひきつって、ぶわっと視界がぼやけてしまった。
「うううっ……」
気が付いたら少年は、死に物狂いで男の首っ玉にかじりついていた。
「うあっ、あああ……うわああああああ────っ!」
わあわあ泣きわめくだけの少年を、男はしばらく両手を下ろしたまま困った顔で黙って見ていた。
が、やがてその両手がそっと上がって、少年の背中を静かに優しく抱きしめた。
その手がぽすぽすと自分の後頭部を叩いているのに気づいて、少年はますます泣き声を我慢することができなくなった。
ばか、とか、なんでもっと早く来ないんだ、とか。
散々に悪態をついて泣きわめく少年の頭や背中を、男は黙っていつまでもぽすぽすと叩いていた。
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