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第二章 呪詛
10 悩ましい夜
しおりを挟む「誰かに監視されているようだったと? それは確かか」
「うん」
その夜。ようやく自室に戻ってきたシンケルスに昼間のことを伝えると、男はあからさまに難しい顔になった。顎に手を当て、なにかを考える様子である。
「女どもが一緒だとはいえ、やはり一人にしておくのは危ないかもしれんな。明日からは俺についてこい」
「えっ。いいのか」
思わず椅子を蹴ってたちあがってしまったら、男が面倒そうな目線をくれた。
「ある程度の立場を与えられるよう、陛下から許可を頂くようにする。俺は使ったことがないが、近衛隊長付きの『武具持ち』や『小姓』などといった者がいたことは過去にも例がある」
「そうか!」
やった、と小躍りしていたら、男が変な目で見つめてきた。
「……お前。なんだか様子が変わってきたな」
「え、そうか? どこが?」
思わず体のあちこちを見回す。べつに着ているものは前の通りだ。
「いい傾向だ。次の陛下の剣術稽古のときには必ず随伴しろとも命じられている。楽しみにしておけよ」
「わっ。ほんとうか? やったあ!」
やっぱりにこにこと無邪気に喜んでいる少年を見て男は不思議な目の色になったが、けっきょく何も言わなかった。
(はあ、楽しみだなあ……)
夜、シンケルスの隣で寝るのにもずいぶん慣れた。
男は相変わらず少年には無関心で、夕食後、風呂を使って横になるとすぐに寝入ってしまう。少年はその隣にあいた場所で横になるのだ。
シンケルスの胸にさがったペンギンのペンダントは、常にそこに掛けられている。眠っている時も風呂に入っているときも変わらない。そんなことをすると鎖やなにかが傷むだろうにと思うのだが、男は「かまわん」の一点張りだった。相当大事なものなのだろう。
最初のうちこそなかなか眠れなかったのだが、人間というものはちゃんと環境に慣れる生き物らしい。少年もこのところは不眠などにも悩まされず、きちんと睡眠がとれていた。
というかすでに、隣に男の穏やかな寝息が聞こえていないと逆に不安で眠れなくなりそうなほどだ。
(それにしても。ほんっとうに私には関心がないのか? この男)
それは少なからず思う。
中身がこの男にとって大嫌いなあの皇帝だったとしても、この身体は素晴らしい美少年のものでもある。しかもすっかり男に愛されるために慣らされた体にもなってしまっているのだ。
もちろん「インセク少年の体を無体に傷つけることは許さん」と言い放ったぐらいだから、当然抱くつもりもないのだろうとは思っていたが。
別にそれでなんの問題もないはずだけれど。
……なんとなく胸がもやもやするのはなぜだ。
本当は少しだけ恐れていた。
この立場になったのをいいことに、男に好き放題に体を蹂躙されるのではないかと。そうなっていたとしたって、文句も言えない立場なのだし。
だが、それらは全部杞憂におわった。
(でも……)
恐れていたのはほんの最初のうちだけで、その後は次第に違う感情が自分を支配しはじめているような気がする。
その指でほんの少しでも触れてくれないだろうか、とか。
もしもあの手が優しく髪や頬をなでてくれたら、とか。
ほんの少しでも笑顔を見せてくれないだろうか、とか。優しい声で話しかけてくれたらいいのに、とか。
もしもあの男らしくいつも引き結ばれた唇が自分にそっと触れてくれたら、いったいどんな気持ちになるんだろう……とか。
(いやいやいや! 何を考えているんだ、私は)
ああ、やめよう。毎夜こんなことで頭を悩ませるのは。
これを考え始めると、またもや眠りにくくなってしまう。以前に触れられたときの男の指の感触を思い出すと、体の芯に不埒な熱がぽっと灯り始めてしまう。
何しろあのときは、体の中までまさぐられたのだ。思い出すまいとしていないと、あの生々しい感触が一気に甦ってきてしまう。いったんそうなってしまったら、またこの男の横でひとりで自分を慰める羽目になるのだ。
だから少年は、いつも意識的にそれ以上のことを考えないようにしていた。
ひょいと男に背を向け、上掛けのなかにもぐりこんで目を閉じる。
(いいんだ。余計なことは考えるな。考えるな、考えるな……)
そのときの少年には気づけるはずもなかった。
こちらに背を向けたままの男が、身動きひとつせずにうっすらと目を開き、何ごとかを考えつづけていることに。
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