愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

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第二章 呪詛

4 黒魔術

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「明日、皇帝陛下への拝謁を許されたぞ」

 その夜。
 相変わらずの無表情づらで戻ってきたシンケルスは、開口一番こう言った。
 一応「皇帝陛下」とは言うものの、要するに中身が奴隷の少年インセクである《皇帝》に会うという話だ。
 少年は寝床に寝っ転がったまま、「そうか」と答えただけだった。
 一日じゅう放っておかれて、なんだか胸の中がもやもやしている。きっと相当なふくれっ面だろう。
 シンケルスはマントや近衛隊長としての装束を脱ぎながら変な顔をしてこちらを見た。

「お前もインセクとは話をしておきたいんじゃないのか」

 「今はほかならぬお前自身の体の持ち主だぞ」と言外に匂わせている。
 それはそうだ。当たり前だ。
 勝手に世をはかなんだりして、下手に自害でもされたらこちらが困る。それに、未来に起こる暗殺の件もだ。できればうまく手を組んで、黒幕を暴く活動に関与してもらいたい。
 このまま心がもとの体に戻れるかどうかはわからないが、それにしたって自分の体がむざむざと殺されるところなんて見たくない。インセク少年のほうだって、わけもわからず毒殺なんてされたくはないはずだ。

「で? いつ会うんだ」
「明日、朝一番の拝謁と決まった。そんなに待たされることはあるまい。以前の皇帝とは違うからな」
「ぐ……」

 またもや息をするように皮肉を挟みこまれて閉口する。
 確かに以前の自分は、わざわざ下々しもじもの者と会わねばならないあの仕事が非常に面倒できらいだった。みんな「陛下、お願いでございます」「どうか助けてくださいませ」と、自分にお願いごとばかりしてくる。
 哀れっぽい庶民の親父のしみだらけの顔など見ているくらいなら、後宮で美々しい女や少年を愛でているほうがよほど楽しいではないか。それの何が悪いのか。
 しかも、それで「わかったわかった、それでよい」などと自分が勝手にその願いを聞いてしまうと、あとで余計に面倒なことになる。大抵は宰相のスブドーラが決して許しはしないからだ。

『国家には財政というものがございます。貴族にも商人らにも、それぞれに領分、取り分というものがございまして』

 とかなんとかと、また滔々とうとうとお説教が始まるに決まっている。それでも自分は皇帝ゆえ、「それでもどうしてもやれ」と命じれば黙って聞くほかないはずではある。道理で言えばそうなのだが。
 皇帝の一族にとって親戚筋にあたる大貴族であり、本人が非常に優秀な政治能力を持つということもあって、父である前皇帝もあの男の言う事には一目も二目も置いて、日々丁重に扱っていた。ましてやその息子である自分には、否やをいうすきなどありはしない。
 皇帝だなどとは言っても、自分の思い通りになることなどほとんどない。政治がつまらないのは当然だろう。
 だからといって、後宮での快楽にひたりきってなんの関心も示さないことが褒められたことでないのはわかっていたのだけれど。

「あの者、政務はどうしているのだ」
「御前会議そのほかにも、わからないなりにきちんと出席され、わからぬことは都度ご質問されて日々精進し、勉強なさっておられる。なかなか見上げた御仁だぞ」
 シンケルスは表情筋のひとすじも動かさずに言った。
「かつての陛下を存じ上げる者どもはみな、瞠目どうもくを余儀なくされている様子。無理もない話だな」
「むうう……」

 それはそれで、なにやら腹立たしいのはなぜだ。

「後宮の女たちや少年たちは? どうしている」
「このところ、夜伽のお呼びがまったくかからず不安になっているようだな。仕事がなくなればお役御免になるは必至ゆえ」
 これまた男はしれっと答えた。少年はぱっと飛び起きた。
「そ、そんなことをしてはならぬぞっ!」
「俺の預かり知るところではない。お決めになるのは陛下と宰相閣下だ」
「な、なにいっ……」

 思わず詰め寄ろうとしたら、上からまた非常に冷たい視線で睨みつけられて足がとまってしまった。ヘビに睨まれた蛙のような気持ちになる。

「実際、この宮にはだれ一人、ムダ飯を食らわせておく余裕などない。本来であれば皇帝づきの愛妾やら稚児どもやらも、あれほどの人数が必要なわけではなかった。だれかさんが愚かにも、『あれも、これも』と求めなければな」
「むぐぐうっ」
「国庫は民らの血税で成り立っている。左様に貴重な財源を、あたら皇帝のくだらぬ夜の秘め事ごときで費やされてはかなわんわ」
「きっ、貴様っ……!」

 言うに事欠いて、なんということを。
 これでも私は皇帝なのだぞ!
 と叫びたいのは山々だったが、例によって少年の喉はまた絞られるように苦しくなった。

「こっ、こここ……」
「それなのだがな」
 男は顔色も変えずに言った。
「自分の正体を明かそうとすると、口が利けなくなるのだろう? それで思い出したのだが、以前似たような話を耳にしたことがある」
「えっ……」
「この世界には、『魔法使い』だの『魔女』だのという存在がいるだろう。だれかがその者らに命じて皇帝に呪詛じゅそを掛けた疑いがある。今は俺の配下に命じて内々に調査しているところだ。まだなにもわからんが」
「じゅ、呪詛……?」
 つまり、魔法の呪いか。
「今回の意識の交換もそうだ。誰かが意図的にお前とインセクの心を交換する術式を行った可能性が高い。生者の世界では本来は禁じられている、黒魔術と呼ばれるたぐいのものだ」
「ま、まさか……」

 少年は呆然と、無表情のままの男の顔を見返した。
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