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第一章 転生
9 痕 ※
しおりを挟む少年はしばらく近づけてみたり離してみたりしてつくづくと自分の姿を眺めてから、ようやくのことで鏡をシンケルスの手に返した。
男はその間じゅう、まるで汚物でも見るような目で少年を眺めていた。
「それで、私になってしまったというインセクはどうしているのだ」
「どうしている、とは?」
少年はつい、体の前で指をもじもじさせた。
「……さ、さぞや落胆しているのであろうな? その……あのように醜い体になってしまって」
「さて、それは。俺も詳しく聴く時間があったわけではないし」
男はほんのわずかに首を傾けた。その瞳に、今度はやや面白がっているような光が浮かぶ。
「さすがに寿命のことは考えぬでもないようだが。それでも衣食住には困らぬし、わざわざ自分を傷めつける者も、無体な命令をしてくる者もおらぬ。最初こそ戸惑っていたが、近頃では大した不満もなく、安泰に暮らしているぞ」
「そうなのか?」
それはちょっと驚きだ。
こんな少年と、二十をずいぶん前に越えた男とでは寿命はかなり違うだろう。その少年は本当にそれでいいのだろうか。
しかし考えてみれば、この奴隷の立場では、はっきり言って明日をも知れない命である。見てくれが多少──いや、「少」でないことは明らかだが──醜くなっても、あちらのほうがよほど幸せに長生きできる可能性は高い。
まあ、たとえ三年後に暗殺されるのだとしても。
(暗殺……そうだ。私を暗殺したのは一体だれだ?)
自分たちの意識がずっとこのままならまだいい。だが、もしもいずれ元に戻ることになったら。そのとき、自分の体がすでに無いようでは困る。それに自分だって、いくら美しい体だとはいっても、いつまでもこんな奴隷の身でいたくはない。
そのためにはまず、自分を暗殺した黒幕の正体を知る必要がある。できれば暗殺を阻止せねば。皇帝の体の中にいるというインセク少年にも、それを知らせて協力を仰がねばならないだろう。
だがこのシンケルスも謎が多い。
そもそも、この時点で三年後の事件を知っているというのが不可解だ。あっさりと《意識の交換》などという突飛な話を納得して飲み込んでいるのも妙な気がする。
果たしてこの男は敵か、味方か。
ぐるぐると考えているうちにもシンケルスはあちらの少年の様子を語っている。
「最初こそ『政務のことなんて何もわからない』と泣きごとを言っていたが。まあ問題ないだろう。幸いにしてまことの皇帝陛下にあらせられては、政治むきにはとんと興味もおありでなかったことでもあるし」
「うっ……」
「周囲の者らは驚きつつも喜んでいる。なにしろあれ以来、夜伽で何人もの奴隷を床に入れてのバカ騒ぎなどもぱたりとなさらなくなったうえ、非常に謙虚に人の話に耳を傾ける、賢き御仁におなりになったからな」
「ううううっ……」
これは皮肉か。完全に皮肉だな。
真っ赤な顔で棒立ちになった少年に、男はずいと近づいてきた。その目には一抹の温もりも見えなかった。少年は思わずまた体を固くした。
「さて。夜明けが迫ってきている。そろそろ仕込んでおかねばな」
「は? 仕込む?」
なにをだ、と問い返そうとしたのと乱暴に手を引かれて寝台に放りだされるのとはほぼ同時だった。
「うぎゃ! なっ、なにをする!」
言って跳ね起きようとするが、下半身はとっくに男の足の下に組み敷かれている。まったく身動きがとれない。さすがは武術に優れた男だ。
男の顔がぐいと近づいてきて、少年の胸はまた勝手にどきんと跳ね上がった。
「中身がなんであれ、今のお前は俺の奴隷だ。しかも夜伽をつとめる性奴隷。明日の朝になれば、着替えだの湯浴みだのと称して女官らがお前の体をすみずみまで調べまわろう」
「えええっ……」
「そやつらの背後に、例の黒幕のだれぞかがおらぬとも限らぬ。なんの痕もついていないのは不自然だ。今からさぐられたくもない腹をさぐられては困る。──ゆえに」
「ひえっ!?」
少年はびくんっと体を硬直させた。
男がさらに少年にのしかかると、前袷の夜着をぐいとはだけさせ、首筋に力強く吸いついたのだ。
ちりっと鋭い痛みが走った。
「ぎゃああっ! な、なにを……!」
「痕をつける。それだけだ」
「いやだあっ。やめろ!」
「静かにしろ」
見下ろしてくる目がまるで氷のようだ。体の芯まで凍えたような気になって、少年は目を逸らした。
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