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第一章 転生
6 ペンダント
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「やだっ。洗える。自分で洗えるうっ!」
「やかましい。お前に任せていたら夜が明けるわ」
「あうううー」
湯殿に入った途端、少年は頭の上から足の先まで、念入りに男に洗われてしまった。海綿にたっぷりと固形の石鹸を塗りたくり、頭も体も関係なくわしゃわしゃと洗いまくられたのだ。もちろん股間の大切な場所も。
ちなみに石鹸は、奴隷たちが山羊の脂に植物の灰、それに塩を少々混ぜて作るのだそうだ。水分のかけらもない枯れ木のような相貌をした王宮づきの教師に、子どもの頃に教わった。
「ぎゃああ! いやだ! いーやーだー!」
「静かにしろ」
「やだったら! やめろ、いやだあああ! 変なとこ触るなあ!」
「いい加減黙らぬと舌をひっこぬくぞ」
「ひぎゅううう……」
最後はもう、半泣きである。体じゅうが擦られすぎてひりひり痛い。男は自分の体も手早く洗うと、もうぐったりしている少年をまたひきずって、一緒に湯舟に浸かった。
「ひいっ! 痛いぃ!」
案の定だった。強く擦られたところに湯が染みて、少年は泣きだしそうになる。
思わずぎゅっと男の首にしがみつく格好になってから、はっとして身を離そうとした。が、男の腕が後ろに回っていて、逆に抱きしめられる格好になってしまう。
「あまり俺から離れるな。事態がはっきりするまではな」
「えっ?」
どういう意味だろう。怪訝な顔で見返したら、男の顔があんまり近くにあることに気付いて心臓がどくんと跳ねた。もう少し近づいたら、すぐに口づけもできてしまいそうな距離だ。
濡れた髪が少し目の前に垂れかかって、男ぶりがさらにあがって見える。
ばくばく言いだした自分の胸の謎がわからないまま、少年はこてんと首を前に倒した。すると、男の胸で揺れているペンダントが目の前にあった。
大人の男の親指ほどの大きさの青玉(サファイア)がはまった見事なペンダントだ。宝玉の中にうっすらと何かの絵が浮き出ている。変わった細工の品だった。
「こ……これは? とり……?」
「ん? ああ」
男はペンダントを持ち上げて、少年にもよく見えるように近づけてくれた。
意匠は確かに鳥のようだった。だが、なんだか奇妙な鳥だ。翼の部分がやけに小さいし、なにやら非常に短い二本足で腰を立てて直立している。頭から背中にかけて黒っぽくぬりつぶされているところを見ると、どうやら白と黒で色分けされた鳥らしい。
「ペンギンという鳥だ。おもに寒冷な地方に生息している」
「ぺ……ぺん、ぎん……? こんな変な鳥がいるのか」
「ああ。こんな翼なので空は飛べないが、その代わり水中では素晴らしい速さで泳ぐ。まるで矢のように」
「へえっ」
「種類によっては温暖な地方でも生きられるが、一般的に雪や氷の多い地方を好むようだな」
「雪? 氷? お前はそんなところに行ったことがあるのか?」
「……ああ」
男は相変わらず言葉すくなだ。聞きたいことの万分の一も教えてくれない。
この温暖なアロガンスでは、冬場でも雪なんてめったに降らない。氷を使った甘い冷菓は皇族だけが食すことのできる最高のぜいたく品だ。
「ぺんぎん……」
「よちよちと歩くところが遠目には可愛く見えるが、そばで見ると目つきが悪い」
「へえ!」
それにしても、そんな鳥の名、はじめて聞いた。
さっきの「事態がはっきりするまでは」という言葉の意味もはかりかねる。
少年はペンダントを手にとってしばらく矯めつ眇めつした。男は少年を自由にさせておき、ふつりと沈黙して、窓外の夜空をなんとなく眺める様子だった。
が、やがてその唇が微かに動いた。
「……こんな副作用があるとはな」
「は?」
フクサヨウ、とはなんだろう。
男は膝の上からずり落ちかかった少年の尻を、体を抱え上げて据えなおした。裸の肌と肌がいやでも密着する。男のモノが、うっすらと自分の太腿に当たる感覚があった。この男、全然気にならないのだろうか。
そうしておいて、男は今度はまっすぐに少年の目を見つめてきた。
この男に見つめられるのはどうも苦手だ。
(ううっ……)
どくん、どくん。
ええい、うるさいぞ。この子どもの心臓め!
「此度のことは、恐らく俺にも責任がある」
「……どういうことだ?」
「あなた様も、さぞや驚かれたことでしょう。ご自分の口で言えぬには、なにかしらの裏事情もありそうだが」
「ええ?」
少年はぽかりと口を開けた。
いきなりの、その丁寧な言葉づかいはどういうことだ。
目つきで察してくれたのか、男はあっさりとこう言った。
「自分はすでに存じ上げている、ということです。あなた様がこの帝国の皇帝、ストゥルト=アロガンス四世陛下である、という事実を」
「えええっ!?」
度肝を抜かれるとはこのことだった。
「やかましい。お前に任せていたら夜が明けるわ」
「あうううー」
湯殿に入った途端、少年は頭の上から足の先まで、念入りに男に洗われてしまった。海綿にたっぷりと固形の石鹸を塗りたくり、頭も体も関係なくわしゃわしゃと洗いまくられたのだ。もちろん股間の大切な場所も。
ちなみに石鹸は、奴隷たちが山羊の脂に植物の灰、それに塩を少々混ぜて作るのだそうだ。水分のかけらもない枯れ木のような相貌をした王宮づきの教師に、子どもの頃に教わった。
「ぎゃああ! いやだ! いーやーだー!」
「静かにしろ」
「やだったら! やめろ、いやだあああ! 変なとこ触るなあ!」
「いい加減黙らぬと舌をひっこぬくぞ」
「ひぎゅううう……」
最後はもう、半泣きである。体じゅうが擦られすぎてひりひり痛い。男は自分の体も手早く洗うと、もうぐったりしている少年をまたひきずって、一緒に湯舟に浸かった。
「ひいっ! 痛いぃ!」
案の定だった。強く擦られたところに湯が染みて、少年は泣きだしそうになる。
思わずぎゅっと男の首にしがみつく格好になってから、はっとして身を離そうとした。が、男の腕が後ろに回っていて、逆に抱きしめられる格好になってしまう。
「あまり俺から離れるな。事態がはっきりするまではな」
「えっ?」
どういう意味だろう。怪訝な顔で見返したら、男の顔があんまり近くにあることに気付いて心臓がどくんと跳ねた。もう少し近づいたら、すぐに口づけもできてしまいそうな距離だ。
濡れた髪が少し目の前に垂れかかって、男ぶりがさらにあがって見える。
ばくばく言いだした自分の胸の謎がわからないまま、少年はこてんと首を前に倒した。すると、男の胸で揺れているペンダントが目の前にあった。
大人の男の親指ほどの大きさの青玉(サファイア)がはまった見事なペンダントだ。宝玉の中にうっすらと何かの絵が浮き出ている。変わった細工の品だった。
「こ……これは? とり……?」
「ん? ああ」
男はペンダントを持ち上げて、少年にもよく見えるように近づけてくれた。
意匠は確かに鳥のようだった。だが、なんだか奇妙な鳥だ。翼の部分がやけに小さいし、なにやら非常に短い二本足で腰を立てて直立している。頭から背中にかけて黒っぽくぬりつぶされているところを見ると、どうやら白と黒で色分けされた鳥らしい。
「ペンギンという鳥だ。おもに寒冷な地方に生息している」
「ぺ……ぺん、ぎん……? こんな変な鳥がいるのか」
「ああ。こんな翼なので空は飛べないが、その代わり水中では素晴らしい速さで泳ぐ。まるで矢のように」
「へえっ」
「種類によっては温暖な地方でも生きられるが、一般的に雪や氷の多い地方を好むようだな」
「雪? 氷? お前はそんなところに行ったことがあるのか?」
「……ああ」
男は相変わらず言葉すくなだ。聞きたいことの万分の一も教えてくれない。
この温暖なアロガンスでは、冬場でも雪なんてめったに降らない。氷を使った甘い冷菓は皇族だけが食すことのできる最高のぜいたく品だ。
「ぺんぎん……」
「よちよちと歩くところが遠目には可愛く見えるが、そばで見ると目つきが悪い」
「へえ!」
それにしても、そんな鳥の名、はじめて聞いた。
さっきの「事態がはっきりするまでは」という言葉の意味もはかりかねる。
少年はペンダントを手にとってしばらく矯めつ眇めつした。男は少年を自由にさせておき、ふつりと沈黙して、窓外の夜空をなんとなく眺める様子だった。
が、やがてその唇が微かに動いた。
「……こんな副作用があるとはな」
「は?」
フクサヨウ、とはなんだろう。
男は膝の上からずり落ちかかった少年の尻を、体を抱え上げて据えなおした。裸の肌と肌がいやでも密着する。男のモノが、うっすらと自分の太腿に当たる感覚があった。この男、全然気にならないのだろうか。
そうしておいて、男は今度はまっすぐに少年の目を見つめてきた。
この男に見つめられるのはどうも苦手だ。
(ううっ……)
どくん、どくん。
ええい、うるさいぞ。この子どもの心臓め!
「此度のことは、恐らく俺にも責任がある」
「……どういうことだ?」
「あなた様も、さぞや驚かれたことでしょう。ご自分の口で言えぬには、なにかしらの裏事情もありそうだが」
「ええ?」
少年はぽかりと口を開けた。
いきなりの、その丁寧な言葉づかいはどういうことだ。
目つきで察してくれたのか、男はあっさりとこう言った。
「自分はすでに存じ上げている、ということです。あなた様がこの帝国の皇帝、ストゥルト=アロガンス四世陛下である、という事実を」
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