愚帝転生 ~性奴隷になった皇帝、恋に堕ちる~

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
4 / 144
第一章 転生

2 皇帝ストゥルト

しおりを挟む

 少年たちから二十馬身ぶんほど離れた場所に貴族たちのための天幕が張られている。そこからさらに上の赤い絨毯の敷かれた場所に、皇帝が座るための玉座が据えられている。先に皇帝の近衛隊がその前に勢ぞろいして玉座に向かって頭を下げた。
 その最前列にいる、長いマントを流した鎧姿の男に、自然に目が吸い寄せられた。
 
(シンケルス……)

 現在この帝国で、皇帝の最側近ともいえる人物。皇帝付きの近衛隊隊長シンケルス。
 文武にすぐれ、馬術、剣術、弓術のどれをとっても並び立つ者とていない。頭のほうも明敏なうえ、謙虚で清廉潔白な人柄でも知られていて、臣民らの人望もあつい。近衛隊隊長の着る銀色の鎧に紺のマントを流した姿は「威風堂々」という形容がそのままあてはまるようである。

 今は兜を脱いで片手に持っているため、短めに刈りこんだ黒髪がここからでもよく見えた。雄々しく彫りの深い顔立ち。鋭い灰色の眼差しにはつねに叡智の光がやどるとちまたの人々はほめそやす。
 実際、下々の者らの所にいって援助の手をさしのべたり、路上で生活する孤児の子どもらが暴漢らに襲われるのを救ったりといった話のたねの尽きぬ男だ。
 実は自分が皇帝であったときには「あれやこれやといい人づらをしやがって。どうせ人気とりだろう、鬱陶しい」などと片腹痛く思わぬでもなかった。ゆえに基本的に関心はなかったのだが。

 このたびの戦争では、またもや何か大きな武勲を上げたのであろうか。三十そこそこという年齢で、この短期間に下級兵士からそこまでの地位にのぼりつめた者は、百五十年に及ぶ帝国の歴史の中でも決して多くはないという。この近衛隊の隊長になったのも、先般の戦争時に敵の裏をかく素晴らしい策を献じたことが理由だったはずだ。
 シンケルスは一度だけ鋭い瞳で奴隷たち一同をじろりとめつけるようにしたが、それ以外はいっさいの表情を殺した顔で、きりりと直立不動の姿勢をとった。その目の奥に、男の心情はいっさい読み取れない。この男、基本的にいつも無表情なのである。

 そうこうするうち、遂に奥から侍従らをしたがえて、のしのしと巨体を揺らしながら宝石のかたまりが現れた。

(……なんだ? あれは)

 そう、それはまさに宝石のかたまりに見えた。
 額といい首といい指といい、つけられる場所にはありとあらゆる部位に宝石の輝きを纏っている。金糸と銀糸にいろどられた重厚な赤いマントと上質な上着もまた、陽の光にきらきらと輝いていた。
 輝かしい衣装に埋もれるように、色のよくないぶくぶくと太った顔が見える。頭には黄金の冠をいただいており、たっぷりとした腹や太腿の肉を豪奢な布たちがどうにか包み込んでいた。
 これらのことをちらりと目を走らせて認識しただけだったが、少年は愕然としていた。

(なんなのだ、あの無様な生き物は──)

 いかにも大儀そうに上半身を右に左にと揺らしながら、この国の皇帝がのたのたと自分の玉座に近づいていく。
 あれが自分か。
 他人の目から見た自分は、あのように醜怪な容貌であったのか?
 ただ太っているばかりではない。その目には聡明な光の欠片もなく、肌はぶつぶつと醜い吹き出物だらけである。遠目にも、ぎとぎとと脂ぎって見えるのは自分の視力のせいではあるまい。
 隣に立つのがあの雄々しくも見栄えのするシンケルスであるだけに、その差が余計に歴然と人々の目に焼き付くようだ。なんという情けない姿であることか。

(いや。そんなはずはない……!)

 乳母だって母だって、幼い頃から自分のことは「玉のように美しく、子猫のようにお可愛らしい」と言ってくれていたではないか。毎日、もう聞き飽きるほどに。
 言い訳をするわけではないが、あのようにぶくぶくと太ってしまったのは、おいしい食べ物が毎日食べきれないほどふんだんにあって、残すのは惜しいと思ってしまったからでもあるし──

(それにしても)

 いま、あの皇帝の頭の中にはいったいだれがいるのであろう。
 自分自身がここにこうしているからには、あれには他の人間の心が宿っていると考えるのが自然ではないのだろうか。だとしたらいったいだれが?

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

処理中です...