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第一章 転生
1 奴隷分配
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翌、早朝。
まだ暗いうちから叩きおこされ、少年たちは雑魚寝させられていた臭い場所からいっせいにひっぱり出された。みな、足枷の鎖をじゃらじゃらと鳴らして疲れた足をひきずりながら歩く。あまりにもゆっくりと歩いていた者は、裸の背中に容赦なく鞭を飛ばされた。
悲鳴をあげて倒れる少年。
「さっさと立て! 立たぬ者はこの場で死を賜ることになるぞッ!」
「役立たずなど不要なのだ! すぐにも忘却の川の水を飲ませてくれようぞ!」
兵士らは兜の穴から白濁した眼光で奴隷たちを睨みすえ、鉄錆のようなどら声でがなりたてている。事実その言葉どおりだった。すでに病気かなにかで弱った者は、有無を言わさずあの世の岸へと旅立たされたのだ。
ときおり背後から、そうして引導を渡されている少年や女たちの断末魔が届く。
「お許しください、どうか命だけはお助けを」
「ほんの少しだけ待ってください。すぐに、いま立ち上がりますので──」
そうした声が途中で不自然にふつりと途絶える。だがそんなことなどまるで無視して、みんな死んだような目をしたままぞろぞろと引き立てられていくばかりだ。色のない世界。ここはただただ、濃淡の異なる灰色しかない世界に見えた。
少年がみなの陰にかくれるようにして歩いていると、やがて目の前に城壁の巨大な門が現れた。生前の自分にとってはこんなもの、特にどうということもない、ごく見慣れた風景のはずだった。
帝国アロガンスの帝都、ケントルム。幾重にもひきまわされた城壁の内側は、さながら迷路のように敷かれた道が縦横にはしっている。中央部には兵舎や貴族の居住区域が存在し、さらにその奥まった場所に、王宮の曲線を帯びた美しい屋根の一群が見えた。
自分たちはどうやら兵舎群のちかくの捕虜収容施設に放り込まれていたということらしい。あれから一度の食事も水の供給もなく、みなは飢え、かつ渇いていた。
騎馬で先頭をいく隊長は、朝日をぴかぴかと鎧に跳ね返させている。脇を徒歩の兵士らにかためられたまま、奴隷の少年の一群はぞろぞろと中央部を目指して大通りを進んだ。
少年たちの後ろからは、女たちが疲れた足どりで続いている。みな髪はぼさぼさで死人のような顔である。こうして奴隷にされるまでの間に、彼女らが散々に兵士らに弄ばれたのは明白だった。こんな光景、戦ではしょっちゅう目にするものだ。
どうやらこれから、奴隷の分配が行われるらしい。
(捕虜がいるということは、最近他国との戦闘があったということか。はて、どこの国だろう)
まだ半分ねぼけた意識でぼんやりと考える。
もともと政治むきのことにほとんど興味のなかった自分でも、最低限のことはわかっている。
自分が毒を盛られたあの時、大国アロガンスは周辺の国々との絶え間なかった戦闘から少しの間の休息を得ていたはずだ。小国は併呑し、それなりの大国とは休戦協定を結んだと宰相のスブドーラが言っていたような気がする。
ゆえにいま現在、わが国がどこかの国と表だって争っているという事実はなかったはずなのだが──。
美しい装飾のほどこされた丸屋根のある回廊の手前には、ひろびろとした中庭がある。閲兵式などでも使われる、非常に広い空間だ。
奴隷たちはその真ん中に引き据えられ、水も食料も与えられずに延々と待たされた。やがて太陽がかなり高い場所まで来たころになって、ようやく人々が集まりはじめた。
まずは、比較的位の高い商人たち。そして貴族たち。最後に、これはとても珍しいことだったが「ストゥルト陛下のおなーりー」という、いつもの先触れの声がかかった。今回はこの国の皇帝までがお出ましになるようだ。
先触れを聞いて、少年は身を固くした。
(私が、いるのか……?)
ストゥルト陛下。正式にはストゥルト=アロガンス四世という、父王から頂戴した貴き名。その名はほかならぬ自分自身のものだった。
「貴様ら、不敬だぞ! 頭を垂れよ! 頭を上げるな!」と、そばに立つ兵士らが槍の柄で奴隷たちの頭を殴って回る。中には、鉄の手甲をした拳で容赦なく殴られている少年もいる。
少年は殴られないよう、慌てて自分も頭を下げた。そうしながらも、兵士の目をこっそり盗んでちらちらと周囲をうかがう。
さて、だれが壇上に現れるのか──。
まだ暗いうちから叩きおこされ、少年たちは雑魚寝させられていた臭い場所からいっせいにひっぱり出された。みな、足枷の鎖をじゃらじゃらと鳴らして疲れた足をひきずりながら歩く。あまりにもゆっくりと歩いていた者は、裸の背中に容赦なく鞭を飛ばされた。
悲鳴をあげて倒れる少年。
「さっさと立て! 立たぬ者はこの場で死を賜ることになるぞッ!」
「役立たずなど不要なのだ! すぐにも忘却の川の水を飲ませてくれようぞ!」
兵士らは兜の穴から白濁した眼光で奴隷たちを睨みすえ、鉄錆のようなどら声でがなりたてている。事実その言葉どおりだった。すでに病気かなにかで弱った者は、有無を言わさずあの世の岸へと旅立たされたのだ。
ときおり背後から、そうして引導を渡されている少年や女たちの断末魔が届く。
「お許しください、どうか命だけはお助けを」
「ほんの少しだけ待ってください。すぐに、いま立ち上がりますので──」
そうした声が途中で不自然にふつりと途絶える。だがそんなことなどまるで無視して、みんな死んだような目をしたままぞろぞろと引き立てられていくばかりだ。色のない世界。ここはただただ、濃淡の異なる灰色しかない世界に見えた。
少年がみなの陰にかくれるようにして歩いていると、やがて目の前に城壁の巨大な門が現れた。生前の自分にとってはこんなもの、特にどうということもない、ごく見慣れた風景のはずだった。
帝国アロガンスの帝都、ケントルム。幾重にもひきまわされた城壁の内側は、さながら迷路のように敷かれた道が縦横にはしっている。中央部には兵舎や貴族の居住区域が存在し、さらにその奥まった場所に、王宮の曲線を帯びた美しい屋根の一群が見えた。
自分たちはどうやら兵舎群のちかくの捕虜収容施設に放り込まれていたということらしい。あれから一度の食事も水の供給もなく、みなは飢え、かつ渇いていた。
騎馬で先頭をいく隊長は、朝日をぴかぴかと鎧に跳ね返させている。脇を徒歩の兵士らにかためられたまま、奴隷の少年の一群はぞろぞろと中央部を目指して大通りを進んだ。
少年たちの後ろからは、女たちが疲れた足どりで続いている。みな髪はぼさぼさで死人のような顔である。こうして奴隷にされるまでの間に、彼女らが散々に兵士らに弄ばれたのは明白だった。こんな光景、戦ではしょっちゅう目にするものだ。
どうやらこれから、奴隷の分配が行われるらしい。
(捕虜がいるということは、最近他国との戦闘があったということか。はて、どこの国だろう)
まだ半分ねぼけた意識でぼんやりと考える。
もともと政治むきのことにほとんど興味のなかった自分でも、最低限のことはわかっている。
自分が毒を盛られたあの時、大国アロガンスは周辺の国々との絶え間なかった戦闘から少しの間の休息を得ていたはずだ。小国は併呑し、それなりの大国とは休戦協定を結んだと宰相のスブドーラが言っていたような気がする。
ゆえにいま現在、わが国がどこかの国と表だって争っているという事実はなかったはずなのだが──。
美しい装飾のほどこされた丸屋根のある回廊の手前には、ひろびろとした中庭がある。閲兵式などでも使われる、非常に広い空間だ。
奴隷たちはその真ん中に引き据えられ、水も食料も与えられずに延々と待たされた。やがて太陽がかなり高い場所まで来たころになって、ようやく人々が集まりはじめた。
まずは、比較的位の高い商人たち。そして貴族たち。最後に、これはとても珍しいことだったが「ストゥルト陛下のおなーりー」という、いつもの先触れの声がかかった。今回はこの国の皇帝までがお出ましになるようだ。
先触れを聞いて、少年は身を固くした。
(私が、いるのか……?)
ストゥルト陛下。正式にはストゥルト=アロガンス四世という、父王から頂戴した貴き名。その名はほかならぬ自分自身のものだった。
「貴様ら、不敬だぞ! 頭を垂れよ! 頭を上げるな!」と、そばに立つ兵士らが槍の柄で奴隷たちの頭を殴って回る。中には、鉄の手甲をした拳で容赦なく殴られている少年もいる。
少年は殴られないよう、慌てて自分も頭を下げた。そうしながらも、兵士の目をこっそり盗んでちらちらと周囲をうかがう。
さて、だれが壇上に現れるのか──。
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