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序章
プロローグ
しおりを挟む甲高い悲鳴で目がさめた。
女の悲鳴にも似ていたが、それは少年の声だった。
その途端、だれかに思いきり背中を蹴りつけられた。
「ぎゃっ!」
「うるさいぞ、だまれ新入り!」
「いい加減あきらめて寝ろと言ってるだろう!」
さらに何かが飛んできて頭にあたり、ひいっと声を洩らしたらまた怒鳴りつけられた。背中と頭の痛みをこらえて口をおさえ、おそるおそる周囲を見まわす。
(どこだ、ここは……?)
あまりにも見慣れぬ景色が目にとびこんできて愕然とする。灯りのひとつもなくてよく分からないのだが、そこは粗末な掘っ立て小屋のような場所だった。そこに自分と同じようにして、たくさんの少年たちらしい者がぎゅうぎゅうづめになって雑魚寝している。
足首のところでがちゃりと音がして触ってみれば、そこには金属製の足枷がはめられていた。
それにしてもひどい臭いだ。人間の若者たちが発する饐えた汗と埃と体液の臭い。臭くて臭くて耐えられない。鼻が曲がりそうだ。
そっと自分の体をさぐってみると、小汚い粗末な腰布だけを身につけた格好だ。たっぷりと豊かに育っていたはずの腹の肉がいっさいこそげ落ちていて、ごりごりとしたあばら骨の形がわかる。腕も脚もひどく痩せていて、まるで棒のようだった。ろくに食べていないらしい。
自分はそういうひどくみすぼらしい姿で、今のいままで地面に直接敷かれたぺしゃんこの藁の上に寝ていたようだ。
(どうしたことだ。私はいったい……?)
必死に記憶をたぐりよせる。
そんな馬鹿な。この私が、こんな場所で寝ているはずがない。
絢爛豪華な織り地の幕のたれた天蓋つきの寝台の中で、毎夜のように可愛い性奴隷どもと麗しくも爛れた夜をすごしているはずではないか。
そこではたと思い出した。
そうだ。自分は一度、死んだのだ。
あの夜、運ばれて来た葡萄酒をしこたま飲んで酩酊し、最後に飲んだ一杯で、喉と胸に燃え上がるような痛みをおぼえた。
自分は喉をかきむしり、獣のような吠え声をあげ、助けを求めて寝台の上を転げまわった。たった今まで慈悲を垂れてやっていた女や少年どもが悲鳴をあげて半裸のすがたで逃げ散っていき、「いかがなさいましたかッ!」と叫んで近衛隊の隊長が飛んできたところまでは覚えている。
逞しい男の腕が自分の体を抱きおこすのを感じた。
だが、そこまでだった。即座に視界が真っ黒に転じた。そしてなにもわからなくなってしまった。
恐らく、あのとき自分は死んだのだ。
誰かの陰謀によって毒を盛られたのに違いない。
それでは、いまのこの状況はいったいどうしたことだろう。
我が名はストゥルト。
この帝国アロガンスの、いと貴き皇帝であるというのに。
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