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「殿下、お待ち申し上げておりました」
「どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

 惑星オッドアイに着陸すると、すぐにとある家族が駆け寄ってきて地面に平伏し、一行を迎えた。
 もと<恩寵部隊>にいたエージェントの男と、その妻、二人の子供たちである。彼はすでに壮年の域に入った豹の形質を持つ屈強の者で、子らはどちらも男子であり、すでに成人している。

「ありがとう、トガリ。しばらくこちらで世話になるよ」
「は。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」

 言って再び、家族一同が平伏する。
 実はあれから、ここに住まわせていた<燕の巣>出身の子供らはすべて、引き取り先が見つかってスメラギに戻ることになった。その後、この家族にこの地の管理を任せているのだ。
 この地に愛着を持っていて離れたがらない子も多かったけれども、やはり愛情を持って彼らを育ててくれる家族を持つほうが、彼らにとって何倍も意味があろう。もしも成人してもこの地に戻りたいという者があるのなら、このトガリ一家のようにしてここの管理を任せるという方法も考えられる。
 ちなみにベータは、この地をいつまでもこうして遊ばせておくことには不賛成だった。できれば他へ転売するなり、一部をリゾート開発して外部の観光客を呼べるようにし、少しでも外貨を稼ぐべきだというのが彼の意見だ。それについてはまだ大臣たちを交えて検討中ではあるが、それもいいなとアルファも考えているところである。
 実際、あの<燕の巣>の子らを「販売」することを停止したことにより、スメラギの財政ははなはだ苦しくなったと言わざるを得ないからだ。また、ここに雇用が生まれれば、貧しいスメラギの人々の口をのりすることにも資するだろう。

「さ、こちらへ。ご案内いたします」

 トガリたちにいざなわれるまま、アルファは以前の子供たちの住居であるドーム状の建物に向かった。
 実は今回、このうちの一棟をアルファとベータだけで使用することになっている。生活に必要なものはひと通りそろっているし、しようと思えば自炊もできるとの話だった。リゾートなどにもよくある、コンドミニアムに近いものだと思えばいい。食材については今回、ある程度アルファも持参してきている。
 前にこちらで子らの世話をしていた卵型のアンドロイドたちは健在で、今回は自分たちの世話を担当することになっている。かれらは柔らかな素材でできた体で床の少し上をふわふわと浮かんで移動し、必要に応じてその体から腕を出して、掃除や洗濯なども行ってくれる。必要とあらば彼らを通じて、他の棟にいるトガリたちに連絡もつけられることになっていた。
 子供たちが大人数で暮らしていたこともあり、中には大きな浴場もある。

「御用の際には、いつでもお呼びつけくださいませ。それでは、わたくしどもはこれにて」

 そう言って、トガリ一家は自分たちの使っている住居の方へと戻っていった。
 残ったのはアルファとベータ、それにザンギとミミスリである。
 ベータがいかにも面倒くさげに二人を見やった。

「で? あんたらはいつまでそこにいるんだ。まさかここで俺と殿下のあれやらこれやらを一部始終、するつもりじゃなかろうな」
「で、でばかめ……??」
「貴様ッ……!」

 意味が分からずきょとんとしているアルファを余所よそに、ミミスリが早速沸点に達した。

「愚弄するにも程があるぞ! 我らを何だと思ってる!」
「いや。そこにそのまま居られたのでは、必然的にそうなるしかないと思うが?」

 言ってさもわざとらしく、アルファの腰に手を回して引き寄せる。
「う、わ……!」
 そのまま頬に軽くキスされ、アルファは慌てた。思わず彼の頬を片手で押しやり、身体を離そうとわたわたともがく。
「や、やややめっ、ベータ……!」
「あんたらの『殿下』はこのところ、ずっと欲求不満であらせられるからな。それもこれもあんたらが『殿下は非常にお疲れである』『本日は遠慮せよ』と俺を毎度追い払っていた結果だろうが。いい加減自覚しろ」
「ぬ……、ぬぬう……」

 ミミスリの牙が本当にギリギリと鳴りそうだ。ザンギは特に何を感じた風もなく、いつも通りにその場に仁王立ちしているばかり。
 ベータはまだアルファの腰を抱いたまま、もう片方の手で気だるげに髪をかき上げている。そんな仕草ですら色気を含んでいるように見えてしまうのは、ほぼアルファ側の問題だろうけれど。
 ミミスリは遂に、ベータのことなど「ガン無視」して、まっすぐにこちらに向き直り、腰を折った。

「それでは、殿下。我らもこれにて失礼つかまつります。御用の際には<念話>にてお呼びくださいませ。常にどちらかは周囲を警邏けいらしておりますゆえ」
「わかった。世話を掛けるが、どうぞよろしく頼むよ。ミミスリ、ザンギ」
「は」
「それから、ええっと……」

 どう言ったものか分からずに言葉を濁していると、ミミスリが察したようにこう言った。

「ご心配召されますな。自分の『耳』は、きちんとおきますゆえ」
「う、……うん。済まない。ありがとう……」

 片手で口元を覆って、しばし無言になってしまう。じわじわと耳が熱くなった。対するベータはと言えば、いつも通りのしれっとした顔。アルファは少し憎らしくなって横目で睨んでしまう。
 どうしてこう、自分はいちいち羞恥で弄ばれねばならないのだろう。まったく、貴人などというものはつまらない。

「それでは」

 言ってきりりと軍人らしい敬礼をし、二人の男が去って行った。
 やっと男と二人になり、アルファはほっと息をついた。と思ったら、あっさりまた腰を男の腕で抱き寄せられた。
 そのまま、深く口づけられる。

「ん、……んんっ!」

 熱い舌が這いこんできて、自分のそれを絡め取られる。思わず目を閉じ、それに応えてしまいながら、アルファも彼の背に腕を回した。

「んっ……。ベータ……」
「時間がない。さっさとやることをやるとしよう」
「なっ……」

 なんだ、その即物的なセリフは。
 確かにここまで往復する時間を考えれば、ここに居られるのは正味七日間ぐらいのものだけれども。
 アルファが変な顔になって見返せば、妙に嬉しげな男の顔が目の前にあった。

「お前のことばかりを云々うんぬんして悪かった。俺だって相当、欲求不満を囲っていたさ」
 ちゅ、と音を立てて首を吸われる。
「ん……!」
 ぴくっと腰がはねてしまい、アルファはまた首から上がかあっと熱くなるのを覚えた。

「早く抱きたい。……が、まずは風呂だな」

 耳にその低い声を流し込まれるだけで、じわじわと腰に熱が集まり始めた。

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