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27 説得
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アロガンスで新たな罹患者が皆無になるタイミングに先んじて、トラヴィスはハルマ女史とふたりきりで会う機会を持った。もちろん例の件を持ちかけるためである。
当然、シンジョウが地上に降りて仕事をしている時間帯を狙った。
「君から直接の面談を申し込まれるのは初めてだな。まあ楽にしてくれ。コーヒーがよかったか? ……さて何の話だろう」
私室にトラヴィスを招き入れて一応茶など出してくれたハルマ女史は、なんとなくいつもと様子がちがう気がした。いやまあそれでも、いつもどおりの生真面目な感じは相変わらずなのだが。
トラヴィスは最初から、ごく簡潔にかつ単刀直入にいくことに決めていた。
前回のミッション時はそうではなかったが、今は彼女のほうが自分の上司にあたる。というわけで、かなり砕けてはいるものの一応は敬語らしきものを使うことにしている。
「一連の事件に目処がたったら、ストゥルト皇帝の記憶……ってか『人格』を未来に持ち帰りたいんスよね」
「なんだと?」
ハルマ女史の手にしている紅茶カップが、ソーサーに触れてかちりとわずかな音を立てる。
「あー。誤解しないでほしいんスけどね? 歴史はもちろん改変しません」
「あたり前だ」
「持ち帰った皇帝ちゃんの『人格』は、あのクローン体に返してやりてえ、って話でね」
「…………」
ハルマ女史は難しい顔になった。
「あんたにはどうか、その旨を俺らと一緒に本部に進言、いやできれば嘆願してほしいんだわ」
「……いきなりやってきて無茶を言うものだな」
「無茶は百も承知っスけどねー」
敢えてけたけた笑って見せる。
「けど、あっちも別に悪い話じゃねえと思うんスよね。なにより皇帝ちゃん本人がそう望むだろうし、御の字でしょ?」
「なぜそう言える?」
そこでトラヴィスはまた簡潔に、シンジョウとあの皇帝ちゃんとの特別な仲について説明した。ハルマはそれについてはすでに知っていたらしい。眉のひとつも動かさなかった。
「うまくやりゃあ、あっちでふたりで暮らすことも可能なわけっしょ? そりゃ皇帝ちゃんにはある程度協力してもらわなきゃなんねえこともあるだろうけどさ」
「……ふむ」
女史は目だけで少し宙を見つめた。
「実はシンジョウが自分からこう言い出すのを待ってたんスけどね~。『待てど暮らせど』ってやつでね、コレが。どうも俺のほうが気が短えみてえでねー」
まったく、あの石頭が。なんでも四角四面に考えればいいというものではないだろうに。ルールは大事だ。大事だが、それだって時と場合によるというもの。
「いくら我々が一丸となって進言、依願してみたところで、規則は規則だろう。古代人を未来に連れ帰るのは大いにNG──」
「わかってんだって、んなこたあ」
みなまで言わせず片手をあげる。
「けどね。あいつらは今回のミッションの最大の功労者でしょ?」
「……それは、そうだ」
「シンジョウもだが、皇帝ちゃんはもっとそうじゃねえのかな。前回のミッションで皇帝ちゃんがあれだけ作戦に貢献してくれなかったらどうなってたと思います? あれがあってこその成功だった。違いますかね」
「……いや。違わない……な」
女史は顎下に人差し指の背をあてて考え込んでいる。
皇帝ちゃん自身はおそらくそう考えてはいまい。だが帝国の皇帝として、また一個人としても、彼の功績は大きなものだった。それは未来世界のタイム・エージェント本部も認めているところだ。
彼自身はひたすら「シンケルスのため」と思って動いただけのことだったかも知れないが、それが回り回って最終的には未来人の希望につながったのである。
「言いたいことはわかった。だが、どうやって本部を説得する?」
「まず、『持っていくのは皇帝ちゃんの記憶だけ』。ここを強調する。これだけでだいぶハードルは下がる」
「ふむ」
「あと、皇帝ちゃんには未来でいろいろと協力してもらいましょうや」
「協力とは?」
「遺伝情報の提供とか、体をちょいと調べさせてもらうとか──おっと、こいつはもちろん基本的人権を守れる範囲でだが──あとはまあ、古代の人々の生活やら文化やらについて、子どもらにレクチャーしてもらうとかさ」
「ふうん?」
女史はトラヴィスの話を聞いているうちに次第にリラックスしてきたように見えた。よしよし。うまいぞ。
「君と話していると、あれこれ固く考えている自分がときどきバカらしく思えてくるな」
「いやいや。とんでもねーよ」
トラヴィスはにかっと笑い、顔の前で手をふった。
「真面目に考えて規律を守る人間がいてこそだよ、規格外のことをやらかす奴が価値をもつのはさ」
いつのまにか、口調がすっかりいつも通りになっている。が、ハルマは別にそれを咎める様子はなかった。
当然、シンジョウが地上に降りて仕事をしている時間帯を狙った。
「君から直接の面談を申し込まれるのは初めてだな。まあ楽にしてくれ。コーヒーがよかったか? ……さて何の話だろう」
私室にトラヴィスを招き入れて一応茶など出してくれたハルマ女史は、なんとなくいつもと様子がちがう気がした。いやまあそれでも、いつもどおりの生真面目な感じは相変わらずなのだが。
トラヴィスは最初から、ごく簡潔にかつ単刀直入にいくことに決めていた。
前回のミッション時はそうではなかったが、今は彼女のほうが自分の上司にあたる。というわけで、かなり砕けてはいるものの一応は敬語らしきものを使うことにしている。
「一連の事件に目処がたったら、ストゥルト皇帝の記憶……ってか『人格』を未来に持ち帰りたいんスよね」
「なんだと?」
ハルマ女史の手にしている紅茶カップが、ソーサーに触れてかちりとわずかな音を立てる。
「あー。誤解しないでほしいんスけどね? 歴史はもちろん改変しません」
「あたり前だ」
「持ち帰った皇帝ちゃんの『人格』は、あのクローン体に返してやりてえ、って話でね」
「…………」
ハルマ女史は難しい顔になった。
「あんたにはどうか、その旨を俺らと一緒に本部に進言、いやできれば嘆願してほしいんだわ」
「……いきなりやってきて無茶を言うものだな」
「無茶は百も承知っスけどねー」
敢えてけたけた笑って見せる。
「けど、あっちも別に悪い話じゃねえと思うんスよね。なにより皇帝ちゃん本人がそう望むだろうし、御の字でしょ?」
「なぜそう言える?」
そこでトラヴィスはまた簡潔に、シンジョウとあの皇帝ちゃんとの特別な仲について説明した。ハルマはそれについてはすでに知っていたらしい。眉のひとつも動かさなかった。
「うまくやりゃあ、あっちでふたりで暮らすことも可能なわけっしょ? そりゃ皇帝ちゃんにはある程度協力してもらわなきゃなんねえこともあるだろうけどさ」
「……ふむ」
女史は目だけで少し宙を見つめた。
「実はシンジョウが自分からこう言い出すのを待ってたんスけどね~。『待てど暮らせど』ってやつでね、コレが。どうも俺のほうが気が短えみてえでねー」
まったく、あの石頭が。なんでも四角四面に考えればいいというものではないだろうに。ルールは大事だ。大事だが、それだって時と場合によるというもの。
「いくら我々が一丸となって進言、依願してみたところで、規則は規則だろう。古代人を未来に連れ帰るのは大いにNG──」
「わかってんだって、んなこたあ」
みなまで言わせず片手をあげる。
「けどね。あいつらは今回のミッションの最大の功労者でしょ?」
「……それは、そうだ」
「シンジョウもだが、皇帝ちゃんはもっとそうじゃねえのかな。前回のミッションで皇帝ちゃんがあれだけ作戦に貢献してくれなかったらどうなってたと思います? あれがあってこその成功だった。違いますかね」
「……いや。違わない……な」
女史は顎下に人差し指の背をあてて考え込んでいる。
皇帝ちゃん自身はおそらくそう考えてはいまい。だが帝国の皇帝として、また一個人としても、彼の功績は大きなものだった。それは未来世界のタイム・エージェント本部も認めているところだ。
彼自身はひたすら「シンケルスのため」と思って動いただけのことだったかも知れないが、それが回り回って最終的には未来人の希望につながったのである。
「言いたいことはわかった。だが、どうやって本部を説得する?」
「まず、『持っていくのは皇帝ちゃんの記憶だけ』。ここを強調する。これだけでだいぶハードルは下がる」
「ふむ」
「あと、皇帝ちゃんには未来でいろいろと協力してもらいましょうや」
「協力とは?」
「遺伝情報の提供とか、体をちょいと調べさせてもらうとか──おっと、こいつはもちろん基本的人権を守れる範囲でだが──あとはまあ、古代の人々の生活やら文化やらについて、子どもらにレクチャーしてもらうとかさ」
「ふうん?」
女史はトラヴィスの話を聞いているうちに次第にリラックスしてきたように見えた。よしよし。うまいぞ。
「君と話していると、あれこれ固く考えている自分がときどきバカらしく思えてくるな」
「いやいや。とんでもねーよ」
トラヴィスはにかっと笑い、顔の前で手をふった。
「真面目に考えて規律を守る人間がいてこそだよ、規格外のことをやらかす奴が価値をもつのはさ」
いつのまにか、口調がすっかりいつも通りになっている。が、ハルマは別にそれを咎める様子はなかった。
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