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4 皇帝ちゃんのお尻事情

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 その後、皇帝ちゃんは軍医の診察を受けたり、皇居のかたすみでほかの使用人たちと働いたりと、少しずつ庶民としての生活に慣れていった。
 そういえば、少し気になって訊いてみたことがある。

「なあなあ。一応、皇帝ちゃんはお前の『専属性奴隷』なんだよな?」
《……そうだな》
 何が言いたい、とばかりに身構える気配がする。
「ってこたあ、それなりに手ぇ出してんのか? お前」
《そんなわけはないだろう》

 どすんと声音が低くなった。ペンダントを使った声だけの通話なのに、これだけの殺気を発するという器用なまねができるのもこの男だけだ。《イルカ》の中の気温でさえ少しさがったように感じられる。
 まことに器用。特技の域だ。思わずぱちぱちと拍手してしまう。
 男はまことにイヤそうな声でようやく言った。

《翌日にドゥビウムの診察があったからな。そのための準備をしたぐらいだ》
「ええっ。どういうことよ。そこ、詳しく!」
《やかましい》
「いや待てって。興味本位じゃねえってマジで」
 いや正直、まったく興味がないと言えば嘘になるが。
「だってアレよ? 一応、こっち世界の住人のことだしよー。そもそも奴隷だし、未来みたいな基本的人権がないっつーのは事実としてもよ? 下手に手出しをすりゃあ、今後のミッションの成否にも影響が出るかもしんねえし──」

 これは本当だ。
 もしも今回のミッションが失敗し、また別の並行世界のタイム・エージェントに話が回った場合。ここで起こったことや仕事の内容について、自分たちには詳細な報告を上げておく義務がある。
 もしもそこで「シンジョウは人権意識の点でエージェントとしてふさわしくない」とでも判断されたら?
 今後のミッションでは二度と彼がこれに参加できなくなる可能性だって無きにしもあらずなのだ。
 それは困る。
 このチームのリーダーとして、絶対にそれは困る。
 これほどの人材をむざむざと失うわけには行かないのだ。

 実はエージェントは、「ミッションに不向き」と見做みなされると次からチームを外される。何度も何度もトライ・アンド・エラーを繰り返してきたこのミッションにあって、シンジョウと自分、そしてリュクスの三人だけはずっと《ペンギン・チーム》の一員であり続けてきた。つまりそれだけ、能力を認められてきた。
 あとの四名に関しては、わりと流動的だった。ずっとだ。
 過去の記録を見ただけで気がおかしくなり、「どうしてもいやだ、外してほしい」と固辞した者も多いらしい。中には過去に、ミッション中に逃亡して「処分」せざるを得なかったエージェントもいるという。それだけ過酷なミッションだということだ。
 また中には、エージェント同士で恋仲になってしまい、それが三角関係に発展してチームの和を乱した結果、ミッション失敗につながったこともあるそうだ。困ったものである。

 今回のミッションでも、結局残ったのは自分たち三名のみだった。
 ほかの四名は作戦遂行中に命を落とした。今回は自分が「処分」せねばならない局面にならなかったことは、正直ほっとしている。だが実際、別の並行世界では自分が不適格なチームメンバーを「処分」したという過去もあるのだ。
 そんなことを考えるうちにも、シンジョウは気を取り直して、淡々といつもの業務連絡を始めている。
 なるほど、こちらの質問は無視することにしたらしい。

「んで? 具体的にはなにをしたのよ」
《……なんだと?》
 ぴくりと片眉を上げたのだろう。見なくても分かる。
「だーかーら。皇帝ちゃんにだよ。お尻の事情を、医者にもわかりやすい状態にしてあげたんだろ? なにをどーやったの。そこ、ちゃんと詳しく報告しろっつーの」
《…………》

 渋面をつくって黙り込んだな。やっぱり見なくてもわかる。
 だんだん面白くなってきた。いや、この間からずっと面白いが。

(なんか楽しみになってきちまったな~)

 そんなことをふと思う。
 今後、その中身が皇帝になってしまった少年に会える機会があるかどうかはわからないが。
 レシェントにはなんとなく予感があった。
 きっと自分は、恐らくその少年に会うことになる。それも多分ちかいうちに。

 そしてその予感は、さほど待たないうちに実現することになったのだ。
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