SAND PLANET《外伝》 ~はじまりの兄弟~

るなかふぇ

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第二章 来訪者たち

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 やっと人心地ひとごこちがついてから、男たちは残っている乗組員のために水をみ、食べられそうな木の実などの採集を始めた。
 が、彼らはそれだけではどうも満足できない様子だった。それで必死に身振り手振りでフランに何事かを訴えてきた。

「だからさ。肉だよ。に、く!」

 先頭を切ってそう伝えて来たのはダミアンだ。
 一同のリーダーであるダミアンは、体格といい押し出しといい肝の据わり方といい、間違いなくこの男たちのまとめ役として相応しかった。
 実はもともと宇宙船にはキャプテンがいたらしいのだが、長い航海の中で命を落としてしまったという。その後、船内をうまくまとめてきたのがこの男ということらしい。
 なにしろ彼らにはかなりの割合で荒くれ者が含まれている。体も大きく、腕っぷしの強い男たちが多いのだ。彼らをうまく御していくのは、なかなか大変そうな仕事に見えた。
 また、ほかの面々をこっそりと観察するに、この男以外でリーダーが務まりそうな者はいないようだった。

「ああ……肉か。困ったなあ」

 フランはちょっと考え込んだ。
 自分やアジュールは、普段の食事で動物性のたんぱく質を摂る必要がない。基本的には野菜や果物、豆類などで十分に事足りる。
 だが、人類はそれだけではだめなのだろう。ちょっと信じられないが、彼らは牛や豚や鳥なども大いに食べる。
 知識として知ってはいたが、具体的なこととなるとフラン自身、色々と心もとなかった。こんな時、あの優秀な兄が助けてくれれば。どうしてもちらりと考えてしまう。

「えっと。ちょっと待ってて? 魚とか、豆とかならすぐに用意できると思うから」
「魚……豆かあ」
 ダミアンが明らかにがっかりした顔になる。食べてみたことのないフランにしてみれば、その失望の理由はよく分からなかった。
「ごめんね。僕ら、そういうの必要ないもんだから……。魚はほら、そこの川でも釣れると思うよ。君たちの体に害のあるものは含まれてないはずだから。待ってる間、ちょっとやってみてて?」
「おお。わかった」

 さっそく仲間と釣り竿の準備などを始めたダミアンを置いて、フランは一度ドームに戻った。備蓄してあるパンや野菜、豆などを集め、できるだけ袋に詰めこむ。
 と、背後からぞくりとするようなを感じた。
 それが殺気というものなのだと、そのときフランは初めて知った。

「……お前。奴らをここへ誘いこんだのか」
 地を這うような声。
「あ、うん……。ごめんね、勝手に」
 どうしても見過ごしておけなくて、と言いつつ震えながら振り向くと、兄が氷のような目でフランを睨み下ろしていた。
「水と食料を渡してあげたいんだ。あと、傷や病気の手当てとか、宇宙船の修理のお手伝いも。まさか、アジュールだって彼らを見殺しにしたいわけじゃないでしょ?」
「だからと言って、易々とここを知らせるつもりもなかったぞ」
「で、でもさ──」

 言いかけるフランの言葉を、アジュールはさもうるさそうに片手で制した。有無を言わせぬ圧力。押されて黙り込んだフランを見下ろして、兄はますます眉間の皺を剣呑なものにした。

「とにかく。このドームのことは知らせるな。俺は奴らに関わりあうつもりはない。いっさいな」
「え、でも──」
「ドームの周囲、三マエル(約五キロメートル)にステルス機能を発動させた。奴らが一歩でもこの内側に入ったら、俺がこの手で叩きだす。命の保証はせんからな。奴らによく言い含めておけよ」
「そ、そんな」

 兄が本気でその恐るべき腕を振るったりしたら、彼らの体は一瞬で寸刻みにされてしまうだろう。平気でそんなことを言い放つ兄を見上げて、フランは背中から首筋にかけてぞうっと肌が粟立つのを覚えた。

「死なせたくないんなら、お前がよく注意しておけ。それで、さっさと退願うんだ。精液の採取を忘れるなよ」

 それだけ言い捨てるようにして、アジュールは大股に出て行った。いかにも腹立たしげな横顔だった。
 取り残されたフランは食料の入った袋を抱きしめて、しばらくそこにへたりこんでいた。が、やがて密かにこくりと喉を鳴らすと、のろのろと立ち上がり、ドームの外へ出て行った。





 そこからしばらくは何ごともなかった。
 フランの平和的な態度に安心したのか、男たちは続々とこの「楽園」にやってきた。宇宙船の修理も進み、その中で臥せっていた病人や怪我人の治療のためにフラン自身も忙しかった。
 フランはもちろん、兄の忠告を忘れなかった。彼らには「そちらは危険地域だから」と何度も説明して、一定の範囲以外には立ち入らないようにと注意した。
 聞けばこの宇宙船には、もとは女性たちも何人か乗り組んでいたらしい。しかしこの長旅で病気になって亡くなったり、つらい旅に嫌気がさして途中で船を降りてしまったりして、今ではひとりも残っていないという話だった。

「フラン、ありがとよ。やっと肩が楽になったぜ」
「うん、よかった。大事にしてね、ロバート」
「おお。これで心置きなく働けらあ」

 宇宙船の医務室で、フランはまず体調の悪い者や怪我をしている乗組員の治療を行った。
 ロバートは、この十三人の中では比較的体格の小さな痩せた男だった。
 彼らには見たところ、明らかなヒエラルキーが存在している。あのダミアンが一番上てっぺんなのだとすれば、この男は恐らく最下層に位置していた。
 きょろきょろとよく動く灰色の目でいつも皆の顔色を窺っており、自分の意見をはっきり述べることがない。皆が言うことに唯々諾々と従うだけだ。しかしその分、フランにとって彼はもっとも話しやすい男に思えた。
 医務室のベッドの上で、ロバートは治してもらった肩をぐるぐる回してにこにこしている。

「にしてもすごいな、フランは。こんな力、俺、はじめて見たぜ~」
「はは。まあ、そうだよね」

 フランのこの特別な「癒しの手」については、乗組員たちのうちで驚かない者とてなかった。
 普通の人間には、もちろんこんな能力はない。宇宙船の医療カプセルによってある程度の治療はできるはずだったのだが、それに必要な肝心の備蓄エネルギーが枯渇しかかっており、長いこと十分な医療行為ができずにいたらしかった。

 彼らの傷や疾病しっぺいを癒し、必要な食料や水を提供してくれるフランを、男たちは初めのうちこそ警戒したりいぶかしんだりしていた。互いの距離もなんとなく遠かった。
 だがそれも、時とともに次第に緩んでいった。
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