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第二章 来訪者たち
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そこから、ふたりには一見平和な日々が戻ってきた。
日々の仕事をこなし、フランは前のようにアジュールに抱かれていた。
いや、そうではない。
こと、この行為に関してだけ言うならば、アジュールの中では何かが決定的に変わってしまったようだった。
それまでだったら夜、食事のあとに行うのが普通だったその行為を、彼はのべつ幕無し、昼日中の仕事中でさえもフランに求めるようになったのだ。
なにがきっかけになるかなんて、まるで分らなかった。ある時はドームを囲む森の中で、またある時はドームの地下の人口菜園で。彼はいきなりフランを抱きしめ、その行為に及ぶのだった。
「あっ……や、アジュ……あ、ああ……」
木の幹に手をつかされて立ったまま、後ろから突き上げられることも多かった。
ときどき「許さない。絶対に許さない」と、背後からそんな声を聞きながら。
別に酷いことをされたわけではない。基本的に、彼の手は優しかった。
けれど、行為の直後はとても仕事なんてできなかった。重だるい腰を抱え、フランは脱ぎ散らかした衣類にくるまり、自分の内腿を伝って落ちるアジュールの体液をぼんやりと眺めてから、その場にうずくまってひと眠りせずにはいられなかった。
その分、明らかに自分の仕事が増えることになってしまうのに、アジュールはその点についてはまったく平気のようだった。
「いいか。たとえそんな連中がやってきても、お前の体を許すんじゃないぞ」
ときどき、アジュールはひどく真剣な声でそう言った。
もはや親がこんこんと子供に言い含めるに近かった。
「要するに、そいつらから遺伝物質だけ貰えばいいことだろう」
「いつでも携帯できて、なるべく新鮮に保存しておける手段を考えておく」
「だから、決してそいつらにお前の肌を許すな」
「いいな、わかったな」
それこそ、口を酸っぱくするようにして繰り返しそう言われた。
アジュールは自分たちの体の「不具合」が明らかになってからはひどく口数が減ってしまった。だから何を考えているのか今ひとつわからないことも多かった。
けれども、この件に関してだけは十分に察しがついた。
つまり、その理由について。
彼はきっと、自分を愛してくれているのだ。
自分を大事に思ってくれているのだ。
そう信じて疑わなかった。
だからフランは抗わなかった。
「うん。分かってるよ、アジュール」
「みんな君の言うとおりにするから」
「ほかの人に抱かれたりなんかしないから」
「だから心配しないで、アジュール」──。
ただ、そう言って微笑んだ。
そうして自分を抱きしめてくる兄の背中を思いきり抱きしめ返し、銀色に光る綺麗な髪にやさしくキスを落としてあげた。
◆
彼らがこの惑星に落ちてきたのは、それから何万時間も過ぎてからのことだった。
それは人類で言うのなら、すでに中年期に入るころのことだっただろう。だが自分たち「人形」の体は人間のものとはまるで違う。人間でいうところの「老い」である経年劣化などもない。
経て来た時間はほとんど見た目に影響せず、ずっと青年のような姿のままだ。そもそも寿命だって彼らの何倍もある。最初からそのように設計されているからだ。
それは、二人が森での仕事をしていたときだった。ドームのAIが「緊急事態信号」を発して自分たちを呼び寄せた時には、その難破船はすでにこの惑星の大気圏内に突入していた。
AIの調査データによれば、宇宙からきたその船には、どうやら複数の生命体が乗っているらしかった。それも、知的な生命体が。
フランとアジュールはその事実を示した画像を食い入るようにして見つめた。
アジュールは明らかな渋面だった。だが、フランの鼓動は跳ね上がった。
(とうとう、来たんだ……!)
待ちに待った「協力者」。
もしも彼らが人類のように両性生殖をおこなう生き物だとしても、自分たちはそのどちらとも性行為をおこなうことができる。が、アジュールが直接的な行為は頑として許さないだろう。
だから下世話な話だが、ともかく卵子や精子といった遺伝情報を含む物質を少し提供してもらうだけでいい。こちらの高い技術があれば、相手の体にもほとんど負担にならずに採取できるはずだった。
が、地上の砂漠の一角に不時着した宇宙船をさらに精査したAIは、驚くべきことをふたりに告げた。
《宇宙船の搭乗員は、人類です。あの『地球』に由来する人々である模様》──と。
「えっ…?」
ふたりは思わず目を見合わせた。
なんということだろう。
(人類だって……?)
まさか、そんなことがあるだろうか。
あの宇宙船には、自分たちが生み出すはずだった人類が乗ってきているというのか!
「人数と内訳は分かるか」
先にその衝撃から立ち直ったアジュールが硬い声で訊ねる。
《総勢、十三名。生存者はすべて男性体。成体である模様です》
「……そうか」
アジュールの氷のような目に浮かんだ光が、さらに鋭さを増した。
日々の仕事をこなし、フランは前のようにアジュールに抱かれていた。
いや、そうではない。
こと、この行為に関してだけ言うならば、アジュールの中では何かが決定的に変わってしまったようだった。
それまでだったら夜、食事のあとに行うのが普通だったその行為を、彼はのべつ幕無し、昼日中の仕事中でさえもフランに求めるようになったのだ。
なにがきっかけになるかなんて、まるで分らなかった。ある時はドームを囲む森の中で、またある時はドームの地下の人口菜園で。彼はいきなりフランを抱きしめ、その行為に及ぶのだった。
「あっ……や、アジュ……あ、ああ……」
木の幹に手をつかされて立ったまま、後ろから突き上げられることも多かった。
ときどき「許さない。絶対に許さない」と、背後からそんな声を聞きながら。
別に酷いことをされたわけではない。基本的に、彼の手は優しかった。
けれど、行為の直後はとても仕事なんてできなかった。重だるい腰を抱え、フランは脱ぎ散らかした衣類にくるまり、自分の内腿を伝って落ちるアジュールの体液をぼんやりと眺めてから、その場にうずくまってひと眠りせずにはいられなかった。
その分、明らかに自分の仕事が増えることになってしまうのに、アジュールはその点についてはまったく平気のようだった。
「いいか。たとえそんな連中がやってきても、お前の体を許すんじゃないぞ」
ときどき、アジュールはひどく真剣な声でそう言った。
もはや親がこんこんと子供に言い含めるに近かった。
「要するに、そいつらから遺伝物質だけ貰えばいいことだろう」
「いつでも携帯できて、なるべく新鮮に保存しておける手段を考えておく」
「だから、決してそいつらにお前の肌を許すな」
「いいな、わかったな」
それこそ、口を酸っぱくするようにして繰り返しそう言われた。
アジュールは自分たちの体の「不具合」が明らかになってからはひどく口数が減ってしまった。だから何を考えているのか今ひとつわからないことも多かった。
けれども、この件に関してだけは十分に察しがついた。
つまり、その理由について。
彼はきっと、自分を愛してくれているのだ。
自分を大事に思ってくれているのだ。
そう信じて疑わなかった。
だからフランは抗わなかった。
「うん。分かってるよ、アジュール」
「みんな君の言うとおりにするから」
「ほかの人に抱かれたりなんかしないから」
「だから心配しないで、アジュール」──。
ただ、そう言って微笑んだ。
そうして自分を抱きしめてくる兄の背中を思いきり抱きしめ返し、銀色に光る綺麗な髪にやさしくキスを落としてあげた。
◆
彼らがこの惑星に落ちてきたのは、それから何万時間も過ぎてからのことだった。
それは人類で言うのなら、すでに中年期に入るころのことだっただろう。だが自分たち「人形」の体は人間のものとはまるで違う。人間でいうところの「老い」である経年劣化などもない。
経て来た時間はほとんど見た目に影響せず、ずっと青年のような姿のままだ。そもそも寿命だって彼らの何倍もある。最初からそのように設計されているからだ。
それは、二人が森での仕事をしていたときだった。ドームのAIが「緊急事態信号」を発して自分たちを呼び寄せた時には、その難破船はすでにこの惑星の大気圏内に突入していた。
AIの調査データによれば、宇宙からきたその船には、どうやら複数の生命体が乗っているらしかった。それも、知的な生命体が。
フランとアジュールはその事実を示した画像を食い入るようにして見つめた。
アジュールは明らかな渋面だった。だが、フランの鼓動は跳ね上がった。
(とうとう、来たんだ……!)
待ちに待った「協力者」。
もしも彼らが人類のように両性生殖をおこなう生き物だとしても、自分たちはそのどちらとも性行為をおこなうことができる。が、アジュールが直接的な行為は頑として許さないだろう。
だから下世話な話だが、ともかく卵子や精子といった遺伝情報を含む物質を少し提供してもらうだけでいい。こちらの高い技術があれば、相手の体にもほとんど負担にならずに採取できるはずだった。
が、地上の砂漠の一角に不時着した宇宙船をさらに精査したAIは、驚くべきことをふたりに告げた。
《宇宙船の搭乗員は、人類です。あの『地球』に由来する人々である模様》──と。
「えっ…?」
ふたりは思わず目を見合わせた。
なんということだろう。
(人類だって……?)
まさか、そんなことがあるだろうか。
あの宇宙船には、自分たちが生み出すはずだった人類が乗ってきているというのか!
「人数と内訳は分かるか」
先にその衝撃から立ち直ったアジュールが硬い声で訊ねる。
《総勢、十三名。生存者はすべて男性体。成体である模様です》
「……そうか」
アジュールの氷のような目に浮かんだ光が、さらに鋭さを増した。
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