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「そっ……そそ、そんなわけねー、っしょ……」

 例によって尻すぼみになる俺のセリフ。
 いや、ほんのちょっとはそういうのもあったけどさ。
 これだけ喜んでもらえるんなら、渡してよかったよ、うん。

「……では。私からはこれを」
「え?」

 言って、コートの胸ポケットからすっと出された細長い箱を、俺もアホみたいに見つめることになった。
 俺のとは大違いで、大人っぽいこげ茶色のスマートな箱だ。リボンも綺麗な藍色でシンプルなやつ。どこもかしこも横文字しか書いてねえ。か……かっけえ。

「別に、どちらか片方から渡すと決まったものでもないのだろう? 受け取ってくれないか、健人」
「あ、うん……」

 うわあ、うわあ、うわあ。
 これ、「本命」だよな? どう考えたって「義理」じゃねえよな……??
 生まれて初めてもらった本命チョコ!
 嬉しい。マジで掛け値なし。めっちゃ嬉しい。

「あ……ありがと……」

 なんかちょっと泣きそうになる。心臓のとこがきゅってなる。

「マジ、うれし……っ」
「うん。渡せてよかった」

 貰った小箱を胸元に押しつけるみたいにして唇をかみしめた俺を、皇子が大きく腕をひろげて、しっかり抱きしめてくれた。





「えっ、いやいや! さすがにこんな店は俺、場違いだって……!」

 必死の断り文句もむなしかった。
 いま俺は、なんかいかにも「高級ですとも!」と言わんばかりの、街の紳士服店にいる。さっきからここで、「これもいいな」「あれも似合いそうだ。着てみてくれ」というクリスの言葉に振り回されっぱなしだ。俺だけじゃなく、オーダーに応える店員さんたちもだけどな。

「うん。オーダーメイドじゃないのは残念だが、このぐらいならいいかもな」

 あれこれ試着しまくって、やっと最後にでた皇子の鶴のひと声で、ようやくこの疲れるファッションショーは終わった。
 いや、終わらなかった。皇子がさらに「次回のために、一応採寸もしてもらっておこう」なんて言うもんだから。

「な……なんなんだよー。こんなん決めたって俺、買う金も持ってないし──」

 「庶民の高校生の小遣い額をなんと心得る!」とか言いたくなるわ。だけど皇子は至って涼しい顔だった。

「心配しなくていい。今回は、ほかならぬそなたへの誕生日プレゼントなのだから。遠慮するな」
「ええっ?」

 にっこり笑った皇子が内ポケットから無造作に取り出したのは、あの噂のブラックカードだった。たぶん……だけど。だってそんなもん、この目で見るの自体がはじめてだもんよ。

「いやいやいや! 待ってよ~!」

 必死で顔を左右に振る。
 スーツの端についてる小さな値札をチラッと見てしまって、さらに血の気が引いた。
 いやおかしいでしょ。なによりゼロの数がおかしいでしょ!
 目ん玉が飛び出た拍子に宇宙の果てまで飛んでいくわ!

「こ、こんな高いの、とんでもねえって!」
「気にするな。すべて私の口座から出すのだし」
「だったらいいか、って言うわけねーだろ! ダメダメ、こんなぜーたくなもん貰えねえよっ」

 皇子、心底ふしぎそうな顔になった。
 いやいや、あんたのその顔もおかしいでしょ!

「……誕生日。しかも晴れて成人になる記念日。そのための初めてのプレゼントだぞ?」
「そりゃそーだけどっ。それとこれとは──」
「私以外の、ほかの誰から貰う気なんだ?」
「へ? いや、ほかのって」
「ご両親と姉君あねぎみはご家族だから仕方がないとしても。それ以外だったら承知しないが」
「……いや怖いって」

 あのー。目が据わってるんスけど~。
 そこから殺人光線がズビズバーって発射されてて怖いんスけど~。
 なんかもう、それだけで寿命が縮みそうだわ。

「あうう……怖い顔しないでよ、皇子」
「あ。す、すまない」

 皇子、慌てたように顔の下半分を隠した。

「ともかく。受け取って欲しいんだ。今から行く場所でも必要になることだし」
「え、そーなの? それってえーと、ドレスコードとかがある場所ってこと?」
「ああ」

 うおお。
 やっぱ皇子、そーゆーとこに連れて行こうとしてたのか~。

「うーん……。そ、それじゃ──」

 てなわけで。
 俺はそのまま完全に全身コーディネートされちゃって──なんとコートまで買ってもらった──皇子とふたりで店を出た。
 スーツに革靴。どっちもめちゃ高そう……ってか本当に高い。皇子が見立てただけあって、全体にグレー系で調和がとれててすんごく上品だ。
 ちなみに脱いだ服一式は店から自宅へ届けてくれるサービスがあるそうで、荷物もナシ。至れり尽くせりだな。

(……それにしても)

 なんかこっずかしい。こんな格好したことねえし。俺なんかきっと、完全に「服に着られてる」状態だろうし。
 憶えてねえけど、きっと七五三みてえな感じじゃね? 道ゆく人たちの視線が気になってしょうがねえ……って思ったのは一瞬だった。

 なにしろみなさん、皇子のことしか見てねえもんな。行き違う人みんな、ふり返って見てるのは皇子ただひとり。
 そりゃそうだ。こんなイケメンの隣にいるんだ、俺なんかかすんじまって空気と同じ。よくてそこらへんの雑草扱い。
 いやわかってたけど、ちょい傷つくわ~。

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