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しおりを挟む「そっ……そそ、そんなわけねー、っしょ……」
例によって尻すぼみになる俺のセリフ。
いや、ほんのちょっとはそういうのもあったけどさ。
これだけ喜んでもらえるんなら、渡してよかったよ、うん。
「……では。私からはこれを」
「え?」
言って、コートの胸ポケットからすっと出された細長い箱を、俺もアホみたいに見つめることになった。
俺のとは大違いで、大人っぽいこげ茶色のスマートな箱だ。リボンも綺麗な藍色でシンプルなやつ。どこもかしこも横文字しか書いてねえ。か……かっけえ。
「別に、どちらか片方から渡すと決まったものでもないのだろう? 受け取ってくれないか、健人」
「あ、うん……」
うわあ、うわあ、うわあ。
これ、「本命」だよな? どう考えたって「義理」じゃねえよな……??
生まれて初めてもらった本命チョコ!
嬉しい。マジで掛け値なし。めっちゃ嬉しい。
「あ……ありがと……」
なんかちょっと泣きそうになる。心臓のとこがきゅってなる。
「マジ、うれし……っ」
「うん。渡せてよかった」
貰った小箱を胸元に押しつけるみたいにして唇をかみしめた俺を、皇子が大きく腕をひろげて、しっかり抱きしめてくれた。
◆
「えっ、いやいや! さすがにこんな店は俺、場違いだって……!」
必死の断り文句もむなしかった。
いま俺は、なんかいかにも「高級ですとも!」と言わんばかりの、街の紳士服店にいる。さっきからここで、「これもいいな」「あれも似合いそうだ。着てみてくれ」というクリスの言葉に振り回されっぱなしだ。俺だけじゃなく、オーダーに応える店員さんたちもだけどな。
「うん。オーダーメイドじゃないのは残念だが、このぐらいならいいかもな」
あれこれ試着しまくって、やっと最後にでた皇子の鶴のひと声で、ようやくこの疲れるファッションショーは終わった。
いや、終わらなかった。皇子がさらに「次回のために、一応採寸もしてもらっておこう」なんて言うもんだから。
「な……なんなんだよー。こんなん決めたって俺、買う金も持ってないし──」
「庶民の高校生の小遣い額をなんと心得る!」とか言いたくなるわ。だけど皇子は至って涼しい顔だった。
「心配しなくていい。今回は、ほかならぬそなたへの誕生日プレゼントなのだから。遠慮するな」
「ええっ?」
にっこり笑った皇子が内ポケットから無造作に取り出したのは、あの噂のブラックカードだった。たぶん……だけど。だってそんなもん、この目で見るの自体がはじめてだもんよ。
「いやいやいや! 待ってよ~!」
必死で顔を左右に振る。
スーツの端についてる小さな値札をチラッと見てしまって、さらに血の気が引いた。
いやおかしいでしょ。なによりゼロの数がおかしいでしょ!
目ん玉が飛び出た拍子に宇宙の果てまで飛んでいくわ!
「こ、こんな高いの、とんでもねえって!」
「気にするな。すべて私の口座から出すのだし」
「だったらいいか、って言うわけねーだろ! ダメダメ、こんなぜーたくなもん貰えねえよっ」
皇子、心底ふしぎそうな顔になった。
いやいや、あんたのその顔もおかしいでしょ!
「……誕生日。しかも晴れて成人になる記念日。そのための初めてのプレゼントだぞ?」
「そりゃそーだけどっ。それとこれとは──」
「私以外の、ほかの誰から貰う気なんだ?」
「へ? いや、ほかのって」
「ご両親と姉君はご家族だから仕方がないとしても。それ以外だったら承知しないが」
「……いや怖いって」
あのー。目が据わってるんスけど~。
そこから殺人光線がズビズバーって発射されてて怖いんスけど~。
なんかもう、それだけで寿命が縮みそうだわ。
「あうう……怖い顔しないでよ、皇子」
「あ。す、すまない」
皇子、慌てたように顔の下半分を隠した。
「ともかく。受け取って欲しいんだ。今から行く場所でも必要になることだし」
「え、そーなの? それってえーと、ドレスコードとかがある場所ってこと?」
「ああ」
うおお。
やっぱ皇子、そーゆーとこに連れて行こうとしてたのか~。
「うーん……。そ、それじゃ──」
てなわけで。
俺はそのまま完全に全身コーディネートされちゃって──なんとコートまで買ってもらった──皇子とふたりで店を出た。
スーツに革靴。どっちもめちゃ高そう……ってか本当に高い。皇子が見立てただけあって、全体にグレー系で調和がとれててすんごく上品だ。
ちなみに脱いだ服一式は店から自宅へ届けてくれるサービスがあるそうで、荷物もナシ。至れり尽くせりだな。
(……それにしても)
なんかこっ恥ずかしい。こんな格好したことねえし。俺なんかきっと、完全に「服に着られてる」状態だろうし。
憶えてねえけど、きっと七五三みてえな感じじゃね? 道ゆく人たちの視線が気になってしょうがねえ……って思ったのは一瞬だった。
なにしろみなさん、皇子のことしか見てねえもんな。行き違う人みんな、ふり返って見てるのは皇子ただひとり。
そりゃそうだ。こんなイケメンの隣にいるんだ、俺なんか霞んじまって空気と同じ。よくてそこらへんの雑草扱い。
いやわかってたけど、ちょい傷つくわ~。
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