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 必要書類をもらい、俺たちは大学を出て駅前の喫茶店に入った。
 皇子はこっちの文化にもかなり慣れた様子で、さらっとホットコーヒーを注文している。俺もそれにならった。

 書類を取りだし、さっそくふたりで必要事項を書きこんでいく。こうしておいて、あとでお互いに書類を交換して見直す。こうしたほうが、自分じゃ見落としていたなんかが潰せて都合がいいんだよな。
 これは受験期間中、俺たちの間でいつのまにか出来上がった、ちょっとしたライフハック。

 俺たちの、あの夏の甲子園。あれが終わってから、今度はがらっと頭を切り替えて、皇子と一緒に必死に受験勉強に集中してきた。
 お互いの家に行ったり、一緒に図書館に行ったり。そうこうするうちに、あっちの世界では知らなかった皇子の新たな面に気づいたりしてさ。

 意外と繊細な人なんだなとか。
 本当に人のことをよく見てるんだなとか。
 ま、本人は「そなたのことだけさ」って笑うだけだったけど。

「なんか、もうすんごく前のことみてえ」
「ん? 何がだ」

 作業が一段落して、お代わりしたコーヒーを飲んでいた皇子が目を上げる。ったく、何やっててもサマになるよな。ウェイトレスさんだけじゃなくて、ウェイターさんまでちらちらこっちを見てんぞ。
 こいつ自身はもうそういう視線に慣れっこなのか、完全にガン無視だけど。

「甲子園。暑かったよなあ……」
「ああ」

(そういえば。あの時もそうだったなー)

 去年。夏の甲子園。
 俺たちはチームメイトと最後の最後まで全力で、あきらめないプレーを目指した。
 もちろんもともと弱小校だし、さすがに優勝までは期待してなかったけど。それでもなんと、ベストエイトまで残れたんだ。
 先生も生徒も保護者たちも、勝ちあがっていく俺たちに驚きの目をむけた。最後はもう、狂喜乱舞の状態だった。

 ちょっと困ったのが、勝ち進むにつれて注目度が上がり、必然的に皇子が女の子たちにキャーキャー騒がれはじめちゃったこと。
 まあ無理ないよ? こんだけイケメンで青い目で、しかも打率三割越えのスラッガー。「クリス王子」っていう校内だけのものだったはずの渾名あだなが、あっという間に全国レベルになっちゃうし。学校の女子たちが、ハンカチ噛みしめて悔しがった……なんて話もちらほら聞こえてくる。ま、笑い話だろうけどさ。

 皇子自身はひたすら迷惑そうな顔をしていた。
 甲子園のそばまで来る送迎用のマイクロバスの前で出待ちする女の子たち。その子たちから降り注ぐ、手紙やらお菓子やら花束やらで構成されたプレゼントの嵐。
 正直、俺も「うへえ」って気持ちだった。
 だってその子たちの目的は、ひたすら皇子オンリーだったしさ。ほかの部員なんて俺を含めて「アウト・オブ・眼中」ってやつ。なんなら鬼の形相で「どいてよ、邪魔!」とか言われて押しのけられた。それはねえべ? さすがに。その怖っええ顔、スマホに収めて皇子に見せてやろうかって考えちゃったぐらいだわ。いや、やんねえけどよ。

 考えてみりゃ、あっちの世界ではもともと皇族だったからこそ、皇子は女の子たちから遠巻きに憧れられてるだけで済んでたんだな。
 それが「庶民」のレベルに降りてきたら、そりゃこーなるわ。この世の必然、真理だわ!

 でも俺、正直、面白くなかった。
 クリス自身は「食べて腹でも壊したらみなに迷惑をかけるから」ってお菓子はいっさい口にしなかったけどさ。花やプレゼントの袋はいやでも目に入るし。
 チームメイトも面白くなかったと思うし。こんなことで、せっかくひとつになってたチームの雰囲気が悪くなるなんて勘弁してほしかった。

 あと、個人的にもな。キツかった、正直。
 女の子たちにキャーキャー騒がれている皇子を見るたびに、俺の胸はちくちく痛んだ。
 皇子に限ってそんなことはしないって信じてるけど、それでもやっぱり、だれよりよくわかってたから。ただの「フツメン」の俺に、彼を引きとめておける魅力がないってことはさ。
 こんなに可愛い子たちに囲まれてここまで猛アピールされたら、普通の男ならあっという間にぐらつくはずだ。

(やめろ。やめてくれ。この人は俺の…………なんだから)

 女の子たちに囲まれて困った顔の皇子を見ながら、何度そう叫びそうになったかわからない。
 だからだろう。俺の打率は悪かった。本当はもっともっと、試合に集中していたかったのに。
 だけどそれも、ついに終わる時がきた。

 最後の試合も本当に惜しかった。
 相手にサヨナラのツーベースヒットを打たれて、とっくにヘロヘロだったうちの一年生エースはマウンドで崩れ落ちた──。

 でも、いいじゃん。
 お前にはまだ来年も、再来年もある。
 一年目で、よく俺たちをここまで連れてきてくれたよ。
 ありがとう。みんな、本当にありがとう。
 あいつを含め、皇子にもみんなにも、ただただ感謝の気持ちしかない。
 みんなボロ泣き、俺もボロ泣き。この皇子ですら目を赤くしていた。

 応援席からの温かな拍手とねぎらいの声に、みんなで並んで帽子を取って、泣きながら礼をした──。

「……健人。健人?」
「えっ? あ、なに?」

 おお、しまった。
 うっかり思い出にダイブしすぎたらしい。
 皇子がカップを片手に変な顔で俺の顔をじっと見つめていた。
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